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第三十二話「解放」
「……っご、ごめんなさ……!」
触れる指に甘えてはいけない。
体を離してヒジリ君の顔を見れば、私より、よっぽど哀しげな表情をしていた。
「……ぁ、わ、私……っ……」
何か言わないと。
でも。
いま何か言っても、全てが言い訳のように聞こえるんじゃないかと思うと、声が震える。
いつもみたいに、なんてことないって、喋れない。
また、自然と瞼に熱が集まり、涙が込み上げそうになるから。
自分を抑止するように強く掌を握り締めた。
でも次の瞬間、痛みを感じるほど押さえ込んだ手のうえに、一回りおっきな手が、そっと重なった。
「……大丈夫。ゆっくり、息して?……ほーら、力も抜けよ。……俺は、アンタを泣かせたいワケじゃねぇんだ……」
「……っヒ、ジリく、ん……っ」
「あーもう、泣くなって」
一瞬、夢かと思うくらい。
ヒジリ君は、優しい表情をしてた。
微笑みすら浮かべて。
それをみた瞬間、私のなかの、何かが。
一気に溢れだしてしまったんだ。
「……っわ、たし……黙って、たんだよ……っ?ヒジリく、ん…が、危な…ぃっ、め、…あうって…っ知ってたのに……!!」
「別に、俺への厭がらせで黙ってたンじゃないっしょ」
「……が、学園祭…の、ときも!グランバッハ……っ、くるの……っ知ってて言わなかった!」
「あー、やっぱり?なんとなくそんな気はしてたわ。だからずっと泣きそうな顔してたワケね」
堰を切ったように嗚咽混じりに喋り続ける私に怒ることも呆れることもせず。
ヒジリ君は、ただ笑いながら背中をゆっくり撫でてくれる。
まるで、癇癪を起こした子供をあやすみたいに。
それでも一度溢れたものは、もう止まらなかった。
「……これから起こることも、知ってるんだよっ……知ってるのに……私はっ、なにも、……何もできないの……!!」
もう、訳が解らないくらい。
頭のなかはめちゃくちゃで。
私は心の奥底に溜まっていたものを全部ヒジリ君にぶちまけた。
背中に回る腕と触れ合う身体の熱を感じながら。
そして、リズムよく奏でられる心音を聴きながら。
ひたすら子供みたいに泣き続けて。
そのまま、眠りへと堕ちていった。
『……独りで全部抱えてんなよ……』
意識が途切れる寸前に聞いた声は。
どこまでも優しかった。
(12/10/25)
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