ragic...


「上手くいかないなぁ……」


講堂の舞台上に座って、客席を眺める。

誰一人着席していない夜のそこは、シンと不気味なくらい静まりかえっていた。


「……はぁ」

「まだ残ってたんだね」

「……っ、」


不意に声を掛けられ驚いて顔を上げれば、穏やかな笑みを称えたクラスメートの姿。


「幸村君……」


講堂の入口から緩やかに此方へと歩み寄ってくるのが見て取れる。
不思議に思って首を傾げている内に、彼は舞台の直ぐ傍まで来ていた。


「芸術祭に向けての練習かい?」

「あっ、うん。そう……だけど、もしかして見てた?」


芸術祭と云うのは、県で催される文化祭のコトだ。

私の所属する演劇部は、それに参加する事になっている。
そして、名前のある役をもらった私は、こうして自主練習に励んでいるというわけだ。


「少し、ね」


悪戯っぽく笑う彼に毒気を抜かれる。


「愛の悲劇……」


ポツリと呟いて、私は立ち上がり舞台の中央へと寄った。


『どうして?……貴方は、私を愛して下さると……あのとき誓ったはず……!……なぜ、私ではだめなのです……っあの人ではなく、私を、……私を愛して……』


そこまで言いきって、ふ、と息をつく。

情熱的な台詞だと、思う。
だけど、今一つ感情が乗らなくて。

一番の見せ場だから、何度も練習していたのだけど……。


「黒河さんと彼女の心が寄り添っていないんだね」

「えっ…?」


考え込んで立ちすくむ私に、幸村君がそっと声をかけてくれる。


「両想いだと思っていた相手が別の誰かを想っていたなんて、彼女はどんな気持ちだったろう……」


“彼女”に想いを馳せるように、瞳を閉じる彼に、思わず見惚れる。

まるで舞台のワンシーンのような光景。


「誰かを想うことの優しさ、甘やかさ、哀しさ、激しさ……。それを表現するのは、本当に難しいよね」

「……、うん」


“私”にはない感情だから、余計そう。


「……けど、黒河さんなら、彼女の気持ちに寄り添うことが出来る気がするな」


優しく微笑まれて、一瞬胸が、ドクンと高鳴るのを感じた。



昔、演劇の先輩から言われたコトを思い出す。



『恋をしなさい、きっと、貴女の心と、表現の幅を広げてくれるから』



その時の私には、その言葉の意味が分からなかったけど。

今なら、分かる気がする。
今なら、“彼女”の心に寄り添うことが出来る気がする。


大きく息を吸って、幸村君に笑顔を向けた。


「ありがとう幸村君っ。私、がんばってみる!」





だから、もう少しだけ。
傍で見ていてください。








――――――――――
女性を演じるのがしんどい。
(11/10/08)


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