金魚
あのこ達は、決められた枠の中。
なにを思って游ぎ廻っているのかな。
そう呟いた私の頭を、貴方が優しく撫でてくれたのは、もう遠すぎる記憶。
「……精市くん」
「沙紀じゃないか」
祭りの人混みの中でも、彼は一際目立っていて。
私はその姿を見つけて思わず名前を呼んでしまった。
振り向いてすぐに、私を呼んでくれたことが、どれくらい嬉しかったなんて、貴方は分からないでしょう?
部活の仲間と来ていたらしい精市くんは、彼らに一言告げて此方へと歩み寄ってくる。
「久しぶり、沙紀。俺が先に小学校を卒業して以来だよね?」
「うん」
私が、立海に進学しなかったから。
幼なじみの私たちは、いつも一緒にいた。
精市くんは二つ年上で、面倒見のよい本当のお兄ちゃんみたいな存在だった。
そして多分、彼も私を妹のように思っていてくれたのだと思う。
「てっきり沙紀も立海だと思ってたよ」
そうだね。
私も、そう思ってた。
初めての学校見学で、テニスコートを駆ける、精市くんの姿を見るまで。
漠然と、私だけのものだと、勘違いしていたの。
沢山の人に囲まれるより、そっと、庭の片隅に咲いた花を見て微笑む姿が似合ってると思ってた。
貴方はいつの間にか、別の世界の人になっていて。
私には、そこに踏み込む自信も勇気もなかった。
「暫く見ないうちに、大人びたなぁ」
なにも知らずに微笑む貴方は、あの夏の日となにも変わらないように見えるのに。
「……ありがと」
「でも、…変わらないね」
私の手元に揺れる、赤い金魚も、あの日と同じなのに。
何が変わったかなんて分からない。
何も変わってないのかも知れない。
「沙紀は友だちと来てるのかい?」
「うん」
「……よかったら、少しだけ、一緒に回らない?」
精市くんが、ただ懐かしんでいるだけなんて、分かってた。
だけど、悪戯っぽく手を差し出す貴方に、頷いて手を取った私の心は、確かにあの日と重なった。
精市くん。
覚えている?
あの夏祭りの日のこと。
ただ今はこの手の温もりに溺れさせてと願った。
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