雨の馨



しとしと。

雨は、静かに降り続ける。



霧のような雨が降る中、私は薄暗い病棟を歩く。
病院の独特の静けさが、昔から嫌いだった。

ある病室のドアの前で立ち止まり、二回軽くノックする。


「どうぞ」


柔らかな声音に呼ばれ、室内へ足を踏み入れた。

部屋の主は私の姿を見留めると、ニッコリと微笑む。


「やぁ、沙紀」

「精市。…身体、起こしてて大丈夫なの?」

「フフッ、怖い顔をしないで、沙紀。…今日は特別体調が良いんだ」


年下の幼馴染みはそう言ってわざとらしく肩を竦めてみせた。

呆れながらベッドに近づく。
持って来ていた本をサイドテーブルに置くと、近くの丸椅子に腰掛けた。


「濡れなかったかい?」

「え?」

「外、雨が降り始めただろ?」


そっと外を見つめるその横顔に、込み上げてくるものを感じて、私は慌てて口を開く。


「まだ小雨だし、濡れても大したことないわよ」

「……そうか」


精市は、何かに囚われたように振り返らない。

だけど、引き戻す術なんか、私は持っていないから。

ただ、彼の話に耳を傾ける。


「雨は嫌いじゃないんだ」

「…精市、昔からそう言ってたね」

「雨上がりの植物達は一等生き生きと輝くし」

「うん」

「虹が架かる空は、思わず描きたくなるほど美しい」

「…うん」


そこで彼は、少しだけ沈黙した。



「………、雨は、俺の弱さすら流してくれる気がするんだ」

「……、っ」


窓の向こうに降る霧雨を見つめながら、私は言葉を探した。


「じゃあ……、もっと、もっと強く、降ってもらわないと…っ」


最後の方はちゃんと音にならなくて。

膝の上で握りしめた拳に視線を落とす。


少しだけ、精市が微笑んだ気配がした。


「……そうだね」





どうか、私達の弱さごと、すべて洗い流して。




雨は、まだ止まない。








――――――――――
ちょいちょい驟雨ネタ。だけど、イメージは霧雨(ああ矛盾。)
(11/07/01)

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