芽吹





「あっつ……」


降り注ぐ陽射しの強さに、私は額の汗を拭いながら呟いた。
まだ5月半ばだというのに気候はすっかり夏のそれだ。

熱を帯びた光から逃げるように、街路樹の木陰を歩く。

こんな日に自分に買い物を頼んだ母を若干恨めしく思いながら、時折過ぎる薫風に癒される。


軽快な足取りが止まったのは、駅前通りの小さなガーデニングショップに見知った顔を見つけたから。


「幸村君…?」


立海生なら知らない人なんていないであろう、あまりにも有名なクラスメート。

あまり関わったことはないが、そういえば彼の趣味はガーデニングらしいと、テニス部ファンの友人がいつか言っていた気がする。

植物に向ける彼の視線に慈しみすら感じ、私は思わずその姿に見入ってしまった。


不意に顔を上げた幸村君と目が合う。


マズイ。と思ったときには時既に遅し。
彼が、店から出てくる。

向こうが1クラスメートの私を覚えているかなんて定かじゃないけど、何ガン見してるんだって話だ。

文句の一つでも言われるかも知れない…と、咄嗟に目を反らした。

だけど同時に彼が“その程度のこと”で怒るだろうか?という疑問も頭を過る。


「黒河さん!」

「こ、こんにちは、幸村君」


陽射しよりも眩しいのではないかと思うほどの笑顔で名前を呼ばれてしまった。


「こんにちは。奇遇だね、休日に会うなんて。買い物かい?」

「う、うん。夕飯の買い出し頼まれちゃって…、駅前のスーパー、家から近いから」


まさかのコミュニケーションに緊張を隠せない。

上手に会話を展開できるような子だったらよかったのにと、心底思うけど、現実はいつも厳しい。
何が悲しくて、学校で会話するのも躊躇われるほど有名な幸村君に、買い出し報告なんかしているんだ私は。

そんな私に呆れもせず、幸村君は穏やかに微笑む。


「黒河さんの家ってこの辺なんだ。いつも自転車で通学してるから、立海から少し遠いのかと思ってたよ」

「あ、私の家…ギリギリでチャリ通範囲内なの………?」


ん?
いつも?…って、いつ?

そもそも、なぜ幸村君が私がチャリ通であることを知っているのか。

思ったことがまんま顔に出ていたらしい。
いつもと少し違う笑みを浮かべた彼は、私の心の問いかけに、答えをくれた。


「駐車場から裏門に出るまでにテニスコートを通るだろう?」

「あ。……で、でも、クラスでチャリ通って珍しくないよ…?」

「フフッ…」


小さく零れた笑いは、何かを思い出したような“それ”で、首を傾げる私に、優しい視線が降り注いだ。


「最初に見かけたのは朝。なんだか顔色も悪いし、とても憂鬱そうな表情で自転車を押していたから、少し印象に残った」

「…え?…」


穏やかに、柔らかに、言葉は紡がれる。


「次に見たのは放課後。まるで別人のように自転車に乗って風を切っていく姿は、すごくきらきらしてた」


言葉をなくす私に向けられる、温かいもの。


「翌日、古文のノートを回収している君を見て、なんで同じクラスなのに気づかなかったんだろうと不思議に思ったよ。……でも、すぐにその理由に気づいた」

「……っ」


幸村君の深い色の瞳に、私が映っているのがわかる。
いつの間にかそれくらい、二人の距離は縮まっていた。


「君は、いつも違う表情でそこに在ったから。…だから、気づかないうちに、君に惹かれていたんだ」


彼の口から溢れた言葉たちが、鮮やかに色づいて、私の中に流れ込んでくる。


「君のことを、もっと知りたい」



そのはにかんだ笑顔は、私の心の深い深いところにある“なにか”を芽吹かせるのには十分な光だった。




始まる始まり。







――――――――――
幸村のライヴてどんなやろ?彼の曲を聴いて一気に書き上げた産物。
(11/05/16)

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