俄雨




「……はぁっ、…はっ、……」


自分の息が乱れていくのを感じる。
こんな全力で走ったのなんて、いつ以来?

びしょ濡れのシャツが肌に張り付くけど、そんなこと気にしている余裕なんてない。

足を止めたら、いらない感情までもが止めどなく溢れてしまいそうだったから。

だから、必死で足を動かしたのに、彼は、そんな私を意図も簡単に引き留めてしまうんだ。


「……っ沙紀!」


たった、その一言で。


「…っ…せ…いち…、」


名前を呼ばれて、迷った一瞬の隙を、精市が見逃してくれる訳がなくて。
強く腕を引かれ、私は彼の胸に飛び込むような形で振り返る羽目になった。


「……は…っ…、全く…沙紀は昔から、俺を振り回すのが得意だね……」


違う。違うの。

なにを言ったところで、言い訳にしか聞こえないのだろうけど。

別に、貴方と彼女の仲を掻き回そうなんて、思ってもないし、考えてもない。

テニス一筋だった精市が、ずっと傍で支えてくれたマネージャーと付き合ったっていいと思う。


だけど。

貴方は、優しすぎる。


「…なんで、皆で集まろうって言ったのに、来た瞬間引き返したの?沙紀」

「なんっ…で、精市が、追って、くるかなぁ…っ」




「どういう意味だい?」


冷たい声音にも、慣れたものだ。


私は、まっすぐに彼を見つめ返す。


「…嫌だったの…っ。瑞穂から、あんな目で、見られるのが!」

「……っ」


『なぜ、貴女なの?
 ただの幼なじみなのに。
 幸村を、奪わないで…』


瞳を見つめるだけで、彼女の思いが伝わってくるようだった。

きっと、逆の立場なら、私も同じ事を思っただろうから。


黙り込む精市に、彼との距離が開いていくのを感じる。


「……っ精市、私たち、……もう今まで通りの幼なじみじゃいられないんだよ……」


私が、貴方を好きになってしまったから。
貴方が、ただひたすらに、私を慈しんでくれるから。
その隙間を埋める、焦燥感と罪悪感を、受容することが私には出来なかったから。


……だから。


「サヨナラ、」


荒れ出した雨風が、歪に汚れてしまった私の心を、吹き流してくれればいいと願った。


「沙紀……っ」


遠くから聞こえた貴方の声は、驟雨に紛れて、消えた。



――――――――――
まさかの。幸むライブ企画そのに。最後にまんま曲名でてますが内容とは全くリンクしてません。
(11/06/21)

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