犬夜叉小説 | ナノ


「おい、まだかよ!」

痺れを切らした犬夜叉の怒鳴り声が、まるで似つかわしくない朝の平和な日暮家に響いた。
苛立った銀髪に犬耳を生やした半妖の少年とは正反対にのんびりとした様子でかごめは言葉を返す。

「もうちょっと待って〜」

一体何をしたらそんなに時間を食うことがあるのだろうか。
久しぶりに現代へ息抜きの為に帰宅したかごめは、今回はテストが関係している訳ではないので犬夜叉も同行させた。

丁度良い事に本日は祝日で、かごめは朝から犬夜叉に公園に行こうと提案した。
最近できた近くの大きな自然公園の話を母から聞き、彼と行ってみたいと思い立ったのだ。
普段なら反対するはずが珍しく了解してくれ、後はかごめの支度が終われば出発できるのだが―――

「早くしねぇとおれはあっちに帰るぞ!」
「ちょっと待ってってば〜ピンが上手く刺さらないの!」
「ぴん〜?なんだそりゃあ」
「髪留めのこと!」

かごめの部屋の扉越しに交わされる会話。
彼女の準備が終わるまで決して入ってこぬように言い渡された犬夜叉は、下手に足を踏み入れれば言霊で沈められるであろうことを予想し大人しくその場に佇んでいた。

「ったく、いつもいつもなんであいつは…」

ぶつぶつと溜め息混じりに呟くも、内心どこか期待に胸を膨らます自分がいた。
彼女がどこかへ出掛けようと犬夜叉を誘う時は大抵このように時間をかけて身仕度をする。
最初の頃はそのことに今以上に腹を立てたものだが、用意を終えたかごめの姿を毎度見るたびにそんな気分はどこかへ消えてしまう。

いつも身に纏うセーラー服の代わりに着た可愛らしい洋服。
色々な形に結ばれた艶やかな黒髪。
普段の元気な彼女のイメージを一転させる、違う一面を見せるかごめはとても言葉に表せぬほど美しく愛らしい。

その為に、犬夜叉は口では悪態をつくが彼女からの誘いを断ることができなかった。

苛つくのは彼女が時間をかけて支度をしているからではない。
ただ、着飾った可愛らしい姿を早く見たいだけ。

そんな犬夜叉の心理を悟ったかどうかは定かではないが、背もたれにしていた扉が音を立てた。

「ごめんね、お待たせ」

開かれた戸の中から出てきたかごめを見て、犬夜叉は満月のように丸々と目を見開く。

一つに纏めた髪をアップにし桃色のシュシュで飾り、白い首元にはハート型の小さなネックレス。
白いミニワンピースの胸元には大きな黒いリボンが付けられ、可愛らしくも女性らしさを醸(かも)し出していた。
細い足は黒いニーハイに覆われ、ワンピースの裾とニーハイの間から覗く白い肌がなまめかしく光っていた。

普段とは全く違う大人びたかごめに釘付けになり、犬夜叉はしばし言葉を失った。

「へ、変かな…」

すっかり固ってしまった彼に手を振り恐る恐る様子を伺う。
すると弾かれたように犬夜叉は我を取り戻し言い返した。

「なっ、変なんて言ってねえだろうが!」

勢いよくはっきりと断言する彼に面くらい、かごめは驚いたように目を丸める。

「そ、そう?」
「おう」

己の発した言葉に照れを感じたのか、耳まで紅潮させながら、それでも確かに肯定した。
こんなにも美しい少女の横に並べることが幸せすぎて。

無意識に綻ぶ口元を抑える術を彼は知らない。

自然に伸ばした手を彼女の柔らかく滑らかな頬に宛行(あてが)い、優しく慈しむような唇を額に落とす。

一つ、また一つ。
瞼に 鼻先に 頬に

最後は、潤った唇に…

静かに交わされる口付けはおあずけを食らった分、常より長く甘く、彼が満足するまで続けられた――――




「もう、お出かけ遅くなるじゃない」
「誰のせいだよ」

抱き締めた彼女の香りだけは、いつもと同じく安らかな匂いがした。






Fin





―――――――――――――――
いつもと違うかごちゃんにドキドキおあずけ犬。



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