淡い桜桃色の花弁が視界をよぎる。
日々麗らかな春へと向かう、まだ肌寒いこの季節。
スコールは手に抱える大きな白い包みを持ち直し、自然と緩む頬を慌てて引き締める。
今日は一年で何よりも大切な記念日。
普段なら仕事に出向いているこの時間帯にこうしていられるのは、この日のために無理に詰めた多忙なスケジュールのお陰。
連日徹夜でデスクワークやら現地任務やらをこなすことは容易ではなかった。
しかしそんな辛い毎日もこの日を思えば乗り越えられた。
今朝見送りのためだけにわざわざ起きてくれた彼女は今頃再び夢の中へ誘われているだろう。
サプライズのためとはいえ、今日も任務だと嘘をついた時、リノアは眉一つ動かさずにただ微笑んで「がんばって」と言ってくれた。
つらいはずなのに。
誰よりも記念日や祭り事が大好きな彼女にとって、それは大きな悲しみとなって心に染みを作るに違いないのに。
それでも、笑顔で見送ってくれた。
そんな想いを常日頃からさせている事に、スコールは胸を引き裂かれるような罪悪感を抱いていた。
だからせめて、今日くらいは。
彼女が生を受けたありがたくも素晴らしい日は、心から笑ってもらいたい。
そうこう思っている内に朝ぶりに訪れる自室の前へ辿りついた。
そっと音を立てずに部屋へ足を踏み入れると、ベッドの方から静かな寝息が耳に届く。
「…リノア」
愛しい名を呼びながらベッドに腰掛ける。
穏やかな寝顔を浮かべる彼女は窓からこぼれる昼の陽光に照らされ、まさに天使のよう。
緩く艶やかな黒髪を撫でながらリノアの小さな耳に口付ける。
「…ん…」
くすぐったそうに身をよじる彼女が可愛らしく、今度は前髪を分け額に唇を落とした。
慈しむように、労わるように。
「―――え……」
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