01



桜の下で永遠を誓う…

「―ッは、ぜぇっ、ぜぇ…くっ」
俺は切れ切れに、まるで喘ぐような呼吸をする。
心の臓がバクンバクンと鳴って、耳の奥でどくんどくんと拍動した。
その拍動のお陰で、周りの音は膜が張ったような感覚がする。

「…七松さんや、お前さんは俺の事が好きなのかい?それとも嫌いなのかい?いや、嫌いだろ。これ拷問だろう!」
最後の方は怒声に似た声になった。
「好いているに決まっているじゃないか。だからこの桜を見せたくて連れてきたんだぞ?」
何言っているんだと言わんばかりのきょとん顔で俺を見るこいつ、六年ろ組の暴君…もとい体力馬鹿である七松小平太は、今日も今日とてその力を遺憾なく発揮してくれやがりました。

「ちょっと出ようなんて言うから、ほんの近辺散歩するくらいに思った俺が馬鹿だったよ」
六年間同じ組で過ごしたよしみで十分予想出来た事なのに、まんまと誤った自分に呆れる。
いやいや、今日は注意力散漫になるのは仕方ないってもんだろう。
誰だって恋仲相手から直前に「忍務で戦場へ赴く事になった」と言われれば動揺するだろ。
それも、最前線の強攻組に紛れての忍務となれば嫌な事柄も一瞬過る。
そんな中で普段言わないような誘いを受けたら、そりゃふらりと来ちゃうだろうが。

「何が“ちょっと”だよ。裏裏裏山までいけどんしやがって…俺の傷心返せ!」
そう文句を言った拍子に、げほっ!と噎せた。
「名前は鍛錬が足りないんじゃないのか?」
けらけらと笑う小平太が両腕を頭の後ろで組み、満開に咲き誇る桜の木の下へと歩んで行く。
「俺の鍛錬不足じゃねぇよ!お前が体力馬鹿なだけだ」
ぶつくさと文句を言いつつもその背を追った。

「ッはー!見ろ名前!綺麗だな〜」
俺が横に並ぶのと同時に、陽気な声を上げて大きく背伸びをする。
何と言うか、こんな闊達な態度を見せられると、いじけた心も風化するってもんだ。
俺も思わず笑みを浮かべて「そうだな」と相槌を打つ。

眼前の桜は大層立派な枝振りをしていて視界を覆い尽くす程の淡い桃色の花弁で埋まっていた。
夜風が吹けば、それらは惜しげもなく、感嘆が洩れる程潔く夜空に舞い出る。
攫われた命はひらりひらり華麗に踊り、最期まで己の命を全うして地に着地した。
知れず無言でその姿を追う。

「明朝、立つ」

唐突にきっぱりと、そしてしっかりとした口調で告げられる。
何処に?なんて馬鹿な問いを返すつもりはない。
「…うん」
と、俺は辛うじてそれだけを返した。
ひくり、と攣った口角を撫で、取り敢えず何か言おうと口を動かすも、上手く機能しなかった。

この時期での“忍務”だ。
卒業を控えたこの春での忍務。
それは限りなくプロの立場で実践させられ、今日まで培ってきた知識や技術を最大限に駆使し、遂行へと導く。
そこには微塵も“生徒だから”などという画一的な甘さは通用しない。
そして、それだけ命の危険が増すと言う事。


[ 1/4 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]