02




「?」
近頃こういう事がたまにある。
だがそれは無作為に起こるものではなく、何故かこいつを目の当たりにした時に時々起る。
何故だ、畜生。
「ちっ、」
二度目の舌打ちに、眼前の相手は苦笑を浮かべた。
「あんだよ文次郎。暑くて苛ついてんのか?寝不足で疲れてんじゃねぇの?隈、また濃くなってんだけど」
そう言いながら柄杓で水を掬うと、日陰にバシャリと撒いた。
「よーしこれ終わったら、茄子と胡瓜も貰って来たから塩揉みしてやっからな。茄子は身体を冷やしてくれる効果があるし、胡瓜は夏のへたばりの予防効果があんだぞ。あと塩は食欲の低下を回避してくれる」
普段の座学は散々なのに、こいつは農業の事になるとえらく口が回る。
「季節毎の旬の野菜は巧い具合に出来ているよな。その時期に一番効き目のある要素を含んでいるんだから、賢いよなぁ〜」
まるで幼い者を褒めるように目元を綻ばす。

「…身土不二か」
「あっ?しんどい?」
「違う、バカタレ。“しんどふじ”だ。人間の身体と土地は切り離せない関係にあり、その土地でその季節に獲れたものを食べるのが健康に良いという考えの事だ」
「流石!あったま良い〜文ちゃん!」
「文ちゃん言うな!!」
ガシッと頭を掴むと「あははははっ」と声を上げて笑った。
と、思ったら
「あー!文次郎、見ろよあそこ。朝顔が蕾つけたぞ!」
一際気分の高揚した声を上げた。
言われるがままに指差す方を見遣ると、門の脇に少しずつ広がりを見せていた朝顔に、小さな小さな蕾が幾つかあることが見て取れた。
「長次が気にしていたんだよ、何時蕾がつくかって。ここ日陰気味だろ?ちゃんと育つか心配だったみたい」
長次のその姿を思い出すように瞳を細めた目元には、慈愛が滲んでいた。

―――どきり

と、再び痛みに似た心拍を実感する。

…そうか、俺は鍛錬ばかりで季節の移り変わりも、季節の花の成長も、野菜の本来の旨味なども気に留めた事など無かった。
だけど着実に季節は流れ、こいつはそれを愛おしいものだと身体で感じている。
そして手を貸し、共に歩み、労うように感謝しながら頂く幸いを心得ている。

そう思った途端、ふっと肩の力が抜けるのを感じた。
こういう休日の始めも、たまにはいいのかもしれん。

「…朝飯、お前も食うんだろ?仕方ねぇから同席してやるよ」
ふんっと鼻を鳴らす俺に、いたく嬉しそうな笑みを返してきた。
「そうこなくっちゃ、文ちゃん!」
上機嫌になった様子で水桶を片付け始めたあいつから、微かな鼻歌が届いて来くる。
「バカタレ。調子が外れているぞ」
そう言った俺の口元も、不本意ながらも綻んだ。




唄は空気にとけ込んだ

(―――俺の調子も外れさせやがって、バカタレ)





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