02




「おーい、何難しい顔してんだよ」
悶々と考え始めてしまった俺の顔を覗き見て、先輩が苦笑を浮かべた。
「油売ってんじゃねぇよってか?」
へらっとおどけたように笑う。
「思ってませんよそんな事!」
慌てて俺はぶんぶんと眼前で手を振り否定する。
「あはははっ!冗談だよ、冗談。お前がそんな風に思うなんて思ってないから安心しろ」
と、くつくつと尚可笑しそうに肩を震わす。
「珍しく小難しい顔してっから、からかっただけだ」
よいしょ、と勝手口に入って薪を置く。奥でおばちゃんの「ありがとねぇ」という声が聞こえた。
「…酷でぇっす」
再び勝手口から出てきて、今度は食材を選んでいる先輩にぶすっとした声が出た。
(何だ俺、我ながら気持ち悪い事仕出かしちゃった気がする。
女子や一年生でもないのに不貞腐れるとか、全く可愛くねぇ!)
またからかわれると一瞬冷っとしたのも束の間。
俺の予想に反して先輩は「可愛い顔すんな、竹谷。虐めてるみたいな気分になんじゃねぇの」と、少し困ったように目元を綻ばせて笑うと、目線の変わらない俺(正確にはほんの少し俺の方が背丈がある)の頭をぽんぽんと撫でた。

(かっ、可愛い顔してんのはどっちっすか!!)
辛うじてその言葉は呑み込む。

「そろそろ夕餉の準備整うぞ。お前もそちらのお嬢さんを家城に届けて食堂に来い」
先程捕まえた毒蛾のネネが籠の中でひらりひらりと舞う。
それを見て先輩がくくっと笑った。
瞬間、すとんと胸に落ちる。
俺たちが生物を人扱いをするのは、この人からうつったのかもしれないと。
だからだろうか、孫兵が入学当時からジュンコを「彼女は」などと呼称していても不思議に思わなかったのは。
そう気が付いたら、益々憧憬の念が溢れてくすぐったくなった。
「うっす。ちゃんと送り届けてきます!腹減ったぁ〜」
にかっと笑うと同時にぐぅぅぅぅっと腹の虫が主張した。
「ぶっは!外さねぇなお前は!内緒ででかいおかず確保しといてやっからとっとと行って来い」
何定食の確保かはお楽しみに〜、と片目を瞑って人差し指を口元に置いて微笑む。
(だから!可愛い顔してんのはどっちっすか!)
再び喉元まで出かかった言葉が口を衝いて出てしまう前に、俺は飼育小屋へと足を向けた。

無事ネネを届け、委員会活動も終了して食堂へと他の五年生たちと向かう。
嬉々として食堂の戸口を潜ろうとすると、その真ん中で立ち尽くす食満先輩に邪魔された。
どうしたんだろうと横をすり抜けながらその顔を窺うと、先輩は度肝を抜かれたような複雑な顔をしていた。
それを遠くの席から、さもご満悦の表情で見遣る立花先輩たちも見える。
状況が呑み込めていない俺とは対で、三郎も立花先輩たち同様可笑しそうににやにや笑っていた。
どういう事だよ?と三郎に尋ねる前に、食満先輩の戦慄く声が、我が物顔で食堂の配膳手伝いをする先輩へと飛ぶ。
「手前、何やってんだよ!?」
「おぅ、留。何って…花嫁修業?」
うふん、と、しなを作って可愛子ぶった先輩が答える。
「花嫁って…」
鸚鵡返しに“花嫁”と口にした途端、食満先輩の顔がカッと朱に染まる。
それはもう、耳朶までしっかりと。

「ひゅーひゅーだぞ!留三郎!」

がははははっ!!と、面白がっている事を微塵も隠す気の無い七松先輩の豪快な野次と
「五月蠅ぇぇぇ小平太ぁぁぁッ!!」
と、苦し紛れに怒号する食満先輩の声が食堂に響いた。




色づく空気

(―――あ〜はいはい、そういう事っすか、ご馳走様っす)





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