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色づく景色
夏が過ぎ残暑厳しい時期も越え、今は葉の色付く秋口だ。
俺たち生物委員会の委員長であった六年は組の日向陽先輩がご家庭の事情で自主退学なさってから、一つ季節を跨ごうとしている。
元々ご在学中からご家業に奔走され委員会に顔を出す事が少なかった為、当初から委員長代理であった俺、竹谷八左ヱ門がその後も滞りなく委員長代理を務め委員会活動を担っている。

…嘘です。
滞りなく、は嘘です。
何でだかな〜
逃げちゃうんだよな〜毒虫。
だから追いかけちゃうんだな〜今日も。

そう言う事でってわけでじゃないけど、先輩の居ない委員会は変わり映えしないと言えばしないけど、やっぱり空席の委員長の虚無感は否めない。
あの隈の酷い顔で「俺、文ちゃんみたいになったらどうしよう」っておどけて笑う気さくさも、時間の無い中無理やり委員会に出て後輩たちと親睦を深めようとする優しさも、へにゃりと情けなく笑う顔も、かと思えば頼もしい背中をしている事も、今はただただ遠くに感じる。
こうなって初めて、俺はあの背を追い続けていたのだと気が付いた。
六年生の制服を見掛けると無意識にあの人の姿を探すし、先輩方の背を見てあの人に重ねる。
何だかんだ言いながらも俺達生物委員会が尊敬して已まなかった先輩。
今頃切磋琢磨に働いておられるのだろうか。

そんな事を考えながら最後の脱走者…あれ?人ではないから脱走虫?まぁ、そいつを捕まえホッと胸を撫で下ろし茂みから立ち上がると、見知った背中を見付けた。
その人は簡素な着物を身に纏い、動きやすいように足首で絞られた袴を着ていた。
制服でなくても一目で分かる。
追い続けていた…いや、今でも追い続けている先輩の背中だ。

「先輩!?何してんすか、こんな所で!!」
驚きのあまり詰問するような言い方になる。
「うぉ!吃驚した。よぉ、お疲れさん竹谷」
へにゃっとした先輩の笑顔。
それは記憶と相違無い笑顔で、ついつられて和む。
(…いやいやいや、和んでる場合じゃねぇよ、俺)
緩んだ頬を戻すように二、三度頭を振る。
「お疲れ様です。じゃなくて!何してるんですか、学園で」
「んー?見ての通りおばちゃんのお手伝い。配達に来たついでにさ」
そう言いながら俺に身体ごと振り返り、両腕で抱えるように持っている薪を僅かに持ち上げて見せてくれる。
その隣の簡易棚や足元の籠には色とりどりの野菜や果物、茸類が盛られていた。
たわわに実った野菜や色艶の良い果物、ふくふくとした肉厚な茸類に思わず喉が鳴る。
「退学した後学園長先生の計らいで、食堂で使う野菜をほとんどうちから仕入れるようにして下さったんだ」
在学中だと贔屓みたいになっちゃうしね。と、そこだけ声をひそめて悪戯を内緒にするように、にっと片方の口角だけを上げて笑う。
「今まで他でやるべき事の方が多かったから此処には来られなかったけど、少し落ち着いたから」
そう言いながら先輩は辺りをぐるりと見回す。
此処は食堂の裏口だから、薪や予備の釜やそれらに使う道具しかない。
けれど何処かから聞こえてくる生徒の笑い声や気配に、先輩は破顔する。
「皆にも会いたかったし」
と、その瞳には懐かしさと喜びと、ほんの少しの哀愁が在った。
先輩が他の先輩方と卒業したがっていた事を知っている。
その為に、ぎりぎりの成績の中ででもめげずに喰らいついていた事も。
だけど現実は世知辛いもので、結果自主退学をなさった。
そこについて不満がない事は先輩の瞳を見れば一目瞭然だから、先輩の下した決断をどうこう言う権利は俺には無い事も分かっている。
だからちょっと複雑だけど、今の俺に出来る事はこの哀愁に想いを馳せる事くらいだ。


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