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「だからな、この際女の俺でも女装の俺でも良いけどよ、化粧をするって話を言いたかったんだけど」
「化粧か?」
「そう、化粧。こうやって恋仲の相手と逢瀬をするとなれば、綺麗な自分を見せたいと女子(おなご)は思うものだろう?」
「そういうものなのか?私は例え名前が女で、化粧っ気の無い顔でも一等別嬪だと思うだろうし、男のお前でも一等愛らしいけどな!」
目元に皺を寄せてくしゃりと笑う小平太が、ぎゅうぎゅうと抱き締めてきた。
「苦…しッい、馬鹿力!」
きっと、息苦しいのは抱き潰されている事だけが原因ではないんだろうけど。
急速に上がった心拍数に、呼吸が追いついていない自覚はある。

「このまんまじゃ話し進まねぇから拾わねぇぞ」
いつもならついつい突っ込みを入れてしまうが、今回はそのまま放置する事にし、話しを戻すべく一つ咳払いをする。
「きっと世の乙女たちは、落ち合う時刻のずっと前からわくわくしていそいそと身支度を整え、丁寧に化粧を施す」
じっと俺の言葉に耳を傾ける小平太の視線が痛い。
見詰め過ぎだ。
「そうやってどんどん時刻が近付くにつれ、心もめかし込んで、相手に逢える幸せを噛みしめる」
そうだ、俺もそうだった。
「だけど、その時刻を過ぎて待ちぼうけになると、折角おめかしした顔も心も化粧崩れして、どんどん可愛くなくなって行く。可愛い自分で逢いたいのに、可愛いと思って貰える自分で居たいのに、きっとそれとは裏腹に心はぶすくれてってしまう」
正に、今の俺。
「本当はぶすくれた姿なんて見せたくないし、見る方だって楽しくないだろう?」
今度は俺も小平太を見上げる。
「お前も女装の授業してっから分かるだろうけど、朝ちゃんと化粧しても、動いたり時間が経てば崩れてくるじゃん?おめかしした心を化粧と捉えると、約束の時刻に遅れて来られるのって化粧崩れみたいな感じだと思うんだよ」
「化粧崩れ?」
いまいちこの二つが結びつかない小平太が、不思議そうに小首を傾げる。
「そう。わざわざ化粧の崩れた顔なんか見せたくない。でも、最善の時宜(じぎ)に合わせた化粧は過ぎれば崩れる。まぁ、俺は男だから化粧はしないけど…そうだなぁ、凄い意気込んで着付けた着物でお前と待ち合わせをしていたのに、お前が遅れる事でどんどん着崩れをおこし、逢えた時には着乱れていたとする。俺はそんな姿でお前に逢いたくないわけよ。分かるだろ?」
「あぁ」
と返事はしても、着乱れてても私は構わないという言葉が、見詰めてくる瞳からだだ漏れていた。
本当嘘付けないのな、お前。
目は口ほどにものを言うって言うけど、雄弁に語り過ぎだろ。
その姿に頬が緩んだ。
「それと同じ。俺はお前との約束の時刻に合わせて心もめかしているのに、それに遅れられると着崩れしてどんどん可愛げが無くなるし、怒るというより、そんな姿で逢う事が悲しくなる」
女々しいなぁと苦笑が零れそうになる。

「そうか。本当にすまなかった。私はもっと安易に考えていた」
それまでじっと頑張って聞いていた小平太が口を開く。
「遅れた事に怒るのは当然だと思う。今日は特に、いつものように見つけようと思えばすぐに見つけられる学園内ではないしな」
うむ、と自分の言葉に自分で神妙に頷く。

そう言えば、いつも通り学園内での出来事だったら「細かい事は気にするな〜!」と、最後はうやむやになっている程度のいざこざだ。
その程度の事に、外でってだけで俺はこんなにも腹が立って悲しいし、小平太も一度も「細かい事は気にするな〜!」と鷹揚な態度を見せていない。
一方的に怒ってしまったけど、小平太は小平太なりに凄く大事な事と認識してくれていたのかもしれない。この逢瀬を。


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