03



「あ…うん、そうだな、たまには良いかもな」
照れ隠しに素っ気なく返事をして、上気する頬を誤魔化すように顔も洗う。
「じゃぁ決まりだ!明日の休日は麓の茶屋で落ち合って、美味い物でも食いに行こう!」

最近、擦れ違いの実習やら課題やらでなかなかゆっくり出来なかった埋め合わせのつもりなのだろうか。
この、恋仲らしい約束事に胸の奥がじわじわと湧き立ち、じゅんと潤って温まった。
昼の八つ時にと待ち合わせ時刻を決め、その後は何食わぬ顔で残りの授業を受けた。
けれど、俺は全然授業内容が頭に入らず、翌日の事ばかりに思いを馳せていた。



(なんてな、本当、乙女かってんだ俺は。気色悪いわっ!)
というか、昨日の俺に言ってやりたい。
そんなにお前が浮足立っていても、相手はそうでもなかったんだとよ!と。
「くそっ…怒り通り越して気が沈んできた」
落胆に肩を落とし、もう帰ろうかと踵を返して学園に続く雑林に歩みを進める。
その時「すまん名前!待たせたな!」と、着物のそこかしこを泥に汚した小平太が走り寄って来た。

「…てめぇ、今まで何してた?」
予想以上に地を這う様な声が出て、自分でも驚いた。
どうやら俺は、俺が思っていたよりもずっと腹を立てて悲しんでいたようだ。
「すまんッ!」
ぱんっ!!と眼前に手を合わせて拝む様な勢いで謝る。
「理由聞いてんだけど?」
俺よりも背の高い小平太がその背を丸めるようにして平謝りをし、俺はその様を見下すように目を眇めて問う。
「そのだな〜、出際に留と文ちゃんがヤイヤイしてて、面白くなって私も混ざってしまってだな…悪かった!」
嘘が下手なこいつは、誤魔化す事無く語る。
愚直なまでにそのままの事を。
「へぇ〜。ほ〜ぅ。小平太は俺と逢うより留たちと遊ぶ方が良いってんだな?じゃぁ学園に戻ろうぜ。存分に遊んで来いよ」
小平太の脇を通り抜けて学園へと向かう。
「待ってくれ、そんな事はない。私も今日は楽しみだったんだ」
ガシッと強い力で腕を掴まれ阻まれる。
「どの口が言うんだよ。ふざけんな」
グツグツと腹の底で煮える怒りのまま、毒の籠った言葉を吐き出す。
「…すまなかった。どうしたら許してくれるか?」
さっきまでの底抜けに明るく振舞っていた勢いは何処へやら。
犬だったら、しゅんと耳が垂れているんだろうなと思える程に肩を落とした小平太が俺を見遣る。

こいつはこういう奴だ。
うん、分かっているつもりだったんだけどな。
悪気があっての事でも、蔑にされての事でもなく、本当に目の前の事に好奇心を刺激され、その他をぽっかりと落とし忘れてしまう事のある奴だと。
その性格のお陰で体育委員会の奴等は振り回されるし、長次も手を焼くし俺もヤキモキさせられている。
それでも憎めないのは、一重に「七松小平太」だからなのだろう。
的確な表現が思い付かないんだけど、すげぇ腹も立つが嫌いになれないのだ。どうしたって。
そして、やっぱり好いているからこそ、通常に増してこの仕打ちに腹が立つのだ。
けれど、それをどう説明したらいいんだろう。
小平太は俺を特別な意味で好いてくれてはいるけど、こういう待ち合わせに対しての高揚感って、俺との時も長次たちと町に遊びに行く時とも種類は変わらないと思う。
しばし思案して押し黙る。
「名前、許せないくらい怒っているのか?」
伺う様に顔を覗き込んできた。
やはりその瞳は怯む事なく、真っ直ぐに俺を映す。

「怒ってもいるけど、それよりも傷付いたんだ、俺は」
ぽつりと吐露する。
「例えばな、俺が女だったとして、」
「あぁ!名前の女装は、気が強い姉さん女房みたいだけど、私は好きだな!」
俺の女装姿を思い出したのか、ぱぁぁぁっと顔を華やかせて相槌をしてきた。
「有難うよ。って、違ぇよ!俺の女装の話じゃねぇ」
早速話しの腰を折ってくれた小平太に、悔しいけど吹き出してしまった。
「あぁ〜もう莫迦!笑っちまったじゃねぇか。俺、怒ってんだけど?」
睨め付けるように上目使いをするも、一度笑ってしまったので効果は無く「あぁ、今度はちゃんと聞く。話してくれ」と胸中に抱かれる。
「言ってる事とやってる事違うじゃねぇの、全く」
呆れつつもその行為を甘受した。


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