02



こころのおめかし
「遅ぇ…」
俺は不機嫌丸出しな顔でそう唸る。

此処は、学園の麓の町にある茶屋の前。
その軒先に立つ俺。
いつもの忍制服ではなく、私服の着物姿で。
つまり、だ。
俗に言う逢瀬の定番みたいな状態だ。
あっ、逢瀬“みたい”だと言ったが、 “みたい”ではなくてこれも立派な逢瀬のはずなんだが…いかんせん相手が相手だ。
色んな意味で豪快な小平太が相手じゃぁ、約束なんて有って無いようなものなのかもしれない。

何を隠そう俺、忍術学園六年ろ組の苗字名前は、同じく六年ろ組の七松小平太と恋仲だ。
あいつの何に惚れたのか自分でも頭を抱えたくなる程、小平太は無鉄砲な体力馬鹿のいけどんで、体術や実践に関しては群を抜くが、頭脳は空っきしの能天気。
塹壕堀り大好きで体育委員会の子等を引っ張り回しては滝に怒られ、どっちが先輩だと叱る事もしばしば。
それ故に恋仲たるやの情緒も足らねぇし…何だこれ、考えたら腹立ってきた!
この苛立ちをぶつけたくとも、そのぶつけたい当人が来ねぇとか!
もう、かれこれ二刻は経とうとしている。
全然来ない。
来る気配が無い。
「いや、まぁ、あいつの事だからこうなるとは思っていたけどよ」
はぁ、と盛大な溜息を吐いて待ち人に届かぬ悪態を吐く。

事の発端は、珍しく小平太からの提案で始まった。
「たまには逢瀬気分とやらを味わってみるか?」と、提案内容とは不釣り合いな、にっかりと顔全部で笑った小平太が不意に問うてきた。
これといって二人で逢っていた時分とか部屋の中でまったりしてた時の発言とかじゃなくて、本当に唐突に。授業が終わって、腹減ったなぁ〜昼飯何かな?なんて言いながら井戸で手を洗っていた側ら、会話の脈略なんで微塵も無く。
「へっ?わざわざ待ち合わせしようって事か?」
突拍子もない事はいつもの事なので会話が不成立だった事は気にせずとも、提案内容が小平太に不似合いで目を丸くする。
「そうだ。前に町中の恋仲達を見て羨ましいと言っていたじゃないか。だから私たちも恋仲らしく、たまには学園の外で逢瀬でもしてみるかと思ってな」
がはははっと快活に笑い、ばしゃばしゃと手を洗う。
何の事はない、他愛の無い会話の様に。
「えっ…あんなボソッと零した程度の事、覚えていたのか?」
思わず間抜けな顔で問い返した。

小平太の言う“前”とは、以前実習で町に降りた時、たまたま擦れ違った男女が待ち合わせ場所で落ち合った所で、その幸せそうな二人を見ていたら口を突いて出ていた呟きだ。
誰に言うでもなく、本当にただ零れた「いいな…」という一言。

「そうだ」
小平太がもう一度、肯定の頷きをする。
真っ直ぐ、揺ぎ無い瞳で射抜く様に。
こういう時の小平太は本当に男らしい。
照れる事も無く、恥じる事も無く、隠す事も無く、ただただ真っ直ぐに。
さっき情緒が足らないと愚痴ったが、細やかさが無いってだけで、見ての通りその分愛情は真っ直ぐだ。
ただし情け容赦も手加減もないから、慄かされたり俺が慌てたりって事も多いが。
それでも明確な愛情を感じられる事は嬉しかった。
(―――って、乙女か俺はッ!)
内心、羞恥で舌を打つ。
誰にも分かりやしないというのに。

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