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背中に優しさを隠し持つ
「お〜ご苦労だな、竹谷」
今日の授業が全部終え、委員会活動をしていた俺にそう声を掛けて来たのは、六年は組の日向陽先輩だった。

「こんちわっす、日向先輩」
にかっと笑って挨拶をすると、日向先輩は零れんばかりの笑みで「お〜、生物委員会委員長代理様は今日も快活で気持ちが良いな」と、俺の頭をガシガシと撫でた。
「痛たたたっ!痛いっす先輩!」
苦笑を浮かべて、その手を止めさせようと日向先輩の手首を掴む。
「いつも悪いな。皆はどうした?今日は俺も参加出来るぞ」
俺に掴まれた手首をプラプラと振って後輩たちの姿を探す。

日向先輩は俺と同じ生物委員会に所属する人だ。と言うか、委員長だ。
俺が委員長代理って事の方が知られているが、実はちゃんと委員長は存在している。
なのに何故代理かと言うと、放課後日向先輩が不在である事が多い為だ。

先輩のご実家は農業を営み、それだけではなくご両親とご友人が手を組んで商業の方も手掛けているらしい。その為、放課後はご実家に戻り家業を手伝うという事をずっと続けていた。それだけでも大変だと言うのに、近年の農業技術の進歩により集約的・多角的な農業が行われ、二毛作から三毛作へ移行した事により多忙を極めた。更に木綿の栽培技術も伝わって来た為に、先輩は覚える事が山のようにあるらしい。
全部先輩の受け売りでの知識だけれど、何かを育てると言う事が並みじゃない事は俺でも重々承知しているつもりだ。

ここ生物委員会でもあらゆる動物を育てている。
俺は一旦生物を飼ったら最後まで面倒をみるのが人として当然だと思っているから、何かを育てる継続性、育てきる忍耐、看取る覚悟(もしくは失う痛み)などの膨大な時間と手、そして情が交わる付き合いを知っているつもりではいる。
生物と植物ではまた違うのかもしれないが、継続性、忍耐、重労働、責任感等という意味では共通しているし、それが如何に大変かは先輩の顔を見れば火を見るより明らかだった。

「…大丈夫っすよ。今日は毒虫も逃がさないで済んでいるし、もうすぐ掃除を終えた孫兵たちが帰ってきたら終わりにするつもりだったんで。それよりも先輩、酷でぇ顔していますよ。とっとと長屋に戻って寝て下さい」
俺が苦笑を浮かべて言うと「つれないなぁ竹谷は〜」と、ほんのり目元を綻ばせて笑みを浮かべた。
優しい空気が、俺を包む。
すると「あっ!日向先輩だ」「本当だ〜!日向せんぱ〜い!」と、虎若・三治郎が俺たちを見付け「お久しぶりです」「こんにちは」と一平・孫次郎が順繰りに挨拶を口にし、四人がわらわらと駆けて来た。
「お〜、可愛い後輩たちよ!おいでおいで」
大層嬉しそうな日向先輩が両手を広げて膝を着く。
その胸中へ「わぁ〜い!」と声を上げて一年生たちが飛び込んだ。
ぎゅうぎゅうにひしめいている様は、おしくらまんじゅうの様で面白い。

「先輩、ひっくり返らないで下さいね?」
最上級生と最下級生とはいえ、一人に対して四人の勢いだ。今にもころんとひっくり返りそうだった。
「何を言う竹谷、俺はそんなにひ弱じゃないぞ!きっと竹谷だって抱き上げられるぞっ」
むむっと口をへの字に曲げた先輩が俺を見上げる。
「…別に試さなくて良いですからね」
よいしょ、と掛け声をして立ち上がった先輩が俺に向き直る。もしやと思い“待った”の声を掛けるも手遅れだった。
「よっ…と!」
距離を取ろうと両腕を突き出したのを逆手に取られ、するりと両脇の下に腕を回され、そのまま俺に抱きつくような形を取ると、先輩は両腕に力を込めて少し仰け反った。

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