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願わくばそれが、愛でありますように
――――チチチッ
という、雀の鳴声が遠くで聴こえる。
ぼんやりその声を耳に留めると、段々と意識が覚醒し始めた。
聴覚から脳へ、脳から視覚へと伝達され、目を開けようと瞼が震える。
薄く目を開けると眩い光が射し込み、条件反射でぐっと眉間に皺が寄った。
「…まぶしい」
そう発音したはずが、呂律が回らずに籠った音玉になって消える。
「―――あたッ!」
身を起こそうと身体に力を入れると、何よりも鋭敏に鈍痛を訴えたのが腰部だった。
(鋭いのに鈍い痛みって、どっちだよ)
などと、くだらない事を思って喉の奥で笑う。
痛みに顰めるよりも先に、だらしなく頬を緩ませる方が遥かに容易かった。
それ程、その痛みすら愛おしく感じた。

「起きたのか」
降って来た声の方へと首を動かすと、障子戸を背にした留三郎と目が合う。
その手元には、桶と手拭を持っていた。
どうやら後始末をしてくれたようで、身体がこざっぱりしている事に気が付く。
後始末…という単語に、瞬間、自分で自分に赤面した。
(うぉぉぉぉぉ!何これむちゃくちゃ照れくさいんですけど!)
留三郎が施してくれた甲斐甲斐しいまでの処置に、顔から火が出そうになって布団を被る。
(ちょっと待ってよ、本当ならそれは俺が留にしてやるつもりでいたから、自分がされたと思うと、とんでもなく恥ずかしい!)
投げ掛けられた問いに答える所か、目が合った瞬間布団を引っ被ってじたばた悶え出した俺を見て「朝から元気だな」と、くつくつと笑い出す。

見なくても分かる。
くしゃっと照れくさそうに笑った時の声音。
その留三郎の笑顔を想って、更に体温が上がった気がした。
「出て来いよ、陽」
トサッと隣に座る気配がする。
そして、ぽんぽんと布団の上からあやすように叩き「顔、見せろよ」と、もう一度問う。

何だよ、そんな甘ったるい声出すなよ。
打って変わったこの様、免疫の無い俺には大分毒なんですけど。
何なの、開き直ったの?
…こういう所、本当に男らしいよな。
認めちまったら気持ち良いぐらいに潔い。

(そういう処も、好きだ)

このままうだうだ潜っているわけにもいかず、おずおずと顔を出す。
すると、微かに笑みを浮かべた留三郎がこちらを見ていた。
「おはよう」
「…おはよう」
「身体、大丈夫か?…その、まぁ、何だ」
少しバツが悪そうにガシガシと後頭部を掻いて視線を泳がせる。
「そりゃもう、あちこち痛てぇわ重いわで大変よ」
照れ隠しにわざと半眼になって睨め付ける。
「どっかの誰かさんが手加減無しに頑張ってくれちゃったお陰でね〜。どうすんの?俺、今日は昨日出来なかった先生方への挨拶回りもあるんだけどぉ」
と、しなだれるように膝の上に頭を乗せる。
頭上から「うっ、」と窮地に立たされたような呻き声が聞こえた。
「悪かったな、無理させちまって。…辛いか?」
そう言いながら、ゆるゆると俺の頭を撫でて慰労する。
たったそれだけで、指先から愛おしんでくれているのが伝わって来た。

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