01



当たり前に好きだよ
突然僕たちの部屋が開け放たれた、らしい。
“らしい”というのは、僕からは衝立で直ぐには窺い見る事が出来なかったからだ。
けれど、スパァンッ!!という小気味良い障子音と間髪入れずに続いた「うわっ」と言う気の抜けた陽の声と「痛てぇッ!なにすんだ糞文次!!」と怒鳴る留さんの声が聞こえたから…まぁ、間違いなく文次郎が何かしたんだなぁと理解した。
慌てて衝立から顔を出して「えっ、何、どうしたの?」と惨事を見詰めて問うたが、文次郎が鼻で嗤っただけで再び勢いよく出て行ってしまった。

「何がしたかったんだろう、文次郎」
僕が苦笑を浮かべて陽に「大丈夫?」と視線を向けると、へらりと情けなく笑いながら留さんの上から退いた。
「留、ごめんな。大丈夫か?」
そう言って陽が留さんの二の腕を引き、起き上がらせる。
「ギンギン馬鹿がッ、何なんだよ一体!修繕道具出してんのにあぶねーだろうが」
ブツブツと文句を言いつつも起き上がった留さんは、キッと、そのつり上がり気味の双眸で陽を見据えた。
「で、何用だよ一体」
はっ、と短く嘆息した留さんが修繕中の虫籠を再び手にし、視線もそちらへと移しながら声だけで問う。

僕は、双方とも怪我が無いようだし、薬草の選別の続きをしようと再び衝立の奥へと身を戻した。




「ん?何用も無いよ。ただ俺が“留に会いたい”って言ったから」
へらっと緊張感の欠片も無い顔を向ける日向に、食満は「はっ?」と素っ頓狂な声を上げた。
「何だよ、それ」
怪訝そうな表情をする食満に「そのままの意味だってば。留に会いたかったの、俺」と、日向が不思議そうな顔をした。
「…さっきまで授業で会ってただろうが」
がしがしと後ろ頭を掻き、呆れと仕様が無いなとでも言うような色を滲ませて、食満が一つ溜息を吐く。

日向という男はこういう男だ。
どういう訳か食満に懸想し、それを隠す事無く本人にも周知にも曝け出している。
潔いと言うか、馬鹿正直と言うか、何と言うか。
しかし、言葉に反して行動そのものは警戒させる程の何かがあるわけではなく、食満にとって苦にならない距離感を保っていた。それは有り難い半面、面映ゆいものだった。
答えを求められるでも、必要以上に触れられるわけでもなく、ただ穏やかに日向の存在が在る。食満はその事実を、もうずっと持て余していた。

昔はその言葉の意味を深く考えず「おぅ!俺も好きだぜ」と、友を思う気持ちで答えていたりもした。しかし、年齢が上がるにつれ“好き”の感情にも様々な種類が存在し、それなりに思春期を迎え“慕う”事の意味をぼんやりと知る様になると、簡単には口に出せなくなった。
食満自身、正直日向の真意が何処に在るのか見い出し兼ねているのも理由の一つだったし、自分自身の気持ちが何処に在るのかも決め兼ねていた。

くノたまに好いていると言われた事もある。
実習とは言え、女を抱く事もあれば、可愛いとも思う。
身体は正常に反応するし、乙女特有の肌の柔らかさは安心感さえ抱く。
けれど、だからと言って日向の言葉や行動に嫌悪を抱くかと言うと、それは無かった。
その穏やかな雰囲気と情けない様にへらっと笑う表情も、食満にとって一種の安心感を抱かせるには充分だった。
それ故心の置き場所に迷い、日向の言葉を受け止めきれずにいた。

「うん、だから修繕続けててよ。俺も直ぐ部屋に戻るからさ、邪魔はしない。ほんのちょっとだけ見ていさせてよ」
日向が、小さく笑みを浮かべる。
食満は観念したように微苦笑を浮かべると、きゅうっと細紐を絞って籠を強化し、歪みを見ては調整するといった細やかな作業を再開させた。

部屋には食満の結ぶ紐の掠れる音と、善法寺のかさりかさかさっという薬草がささめく音だけが響いた。



当たり前に好きだよ

(―――今日も、好きだったよ)





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