05




「それとも何か。お前は家を捨てて俺について来てくれるって言うのか?俺たちでは稚児は授かれない。その上いつ任務から帰るか分からない俺を、女の様に家を守り、独り淋しく耐え忍んでくれるというのか」
触れるギリギリだった鼻頭を、留三郎が堪らず擦り寄せて来た。
そこには溢れる慈愛と…愁いが在った。
助けを請うように眉間に皺を寄せて目を瞑り、微かに持ち上げられた留三郎の顎骨。
堪らず俺は、その唇に喰らいついた。

「んっ…!」
留三郎がびくっ、と肩を震わせた。
「…待っていていいの?」
微かに離した唇の隙間から問う。
言葉を紡ぐ度、唇に吐息が擦れて行く。
「俺、留三郎の帰りを待っていていいの?」
確かめるように問うと、キッと再びその双眸を吊り上げて俺を睨んだ。
「だから!喩え互いにそう想っていても、叶えられる事と叶えられない事があるっつってんだろうがっ!無責任な事言ってんじゃねぇ!お前の家族はどうなる!?」
怒号の勢いを引き金に、ぶわっと溢れ返った留三郎の涙を舌で拭う。
何処までも何処までも他人を尊ぶ優しいお前。
俺よりも俺の家族の事を思ってくれている。
俺なんか口では“家族が家業が”だなんて言うけれど、本心はずっとお前に在った。
そんな薄情な俺なんかよりもよっぽど俺の家族を思案してくれている。
嬉しい。愛おしい。大好きだ、留三郎。

「くそっ…情けねぇ。だから嫌だったんだ…認めるのなんか」
ぽつりと毒吐く。
「ごめん留、だけど俺は嬉しい。嬉しいよ」
ぎゅうぅぅぅっと腕に抱く。
自分とあまり体格の変わらない男の身体。
それどころか俺よりも逞しく筋肉がついていて、ちっとも柔らかくない。
けれど何よりも一等愛おしい、惚れた男の身体だった。

「俺、脈無しなんだと思ってた。拒絶しないのはお前の優しさで、冗談のように言っている内は許してくれているのかなって」
ぴたりと覆いかぶさり、鎖骨辺りに頬を置いてしゃべるのがくすぐったいのか、留三郎が、もぞり、と身動ぎをした。
「俺は本当に嫌なら殴ってでも止めさせる。それはお前だって知ってんだろうが」
ズッと鼻を啜った留三郎が拗ねたように呟いた。
「うん、そうだな」
くすり、と思わず笑みが零れた。

臆病になっていた。
惚れれば惚れる程、相手の一挙一動に不安になり、疑心悪鬼になる。
嫌われたくなくて、拒否されたくなくて、些細な事も悪い方へ悪い方へと考えてしまう。
そうしていつの間にか勝手に、諦めに似た壁を自ら作り、真実を知る事から逃げていた。
逃げて、だけど好きな気持ちは隠せなくて、自分が傷つかない距離で一方的に押しつけていた。
けれど、留三郎は俺が思っていたよりもずっとずっと、真摯に考えてくれていた。



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