04




「留、泣いているの…?」
こういう事を聞いてしまうから無神経だって怒られるんだろうなぁと、頭の隅で思う。
そんな事が考えられる余裕なんて無かったけど、逆にぼんやり靄が掛ったようにそんな事を考えてしまう程、のぼせていたのかもしれない。

「ねぇ、答えてよ…」
そう言って俺は、再び留三郎の顔の両脇に手を着いて覆いかぶさるような体制を取る。
そのまま一抹の希望に縋り、辛うじて腕の覆いの隙間から見えている留三郎のこめかみにそっと、口付けを落とす。
びくり、と留三郎の身体が波打った。

「俺が居なくなる事を淋しく思ってくれているって、自惚れて良い?」
そのまま耳朶に唇を寄せて、ちゅっ、と唇を這わすと、留三郎が覆っていた腕をガバッと解いた。
「お、俺が!仲間との別れを悲しまないとでも思っていたのか!?」
そこまで鬼じゃねぇ!と、歯を剥く。
きつく吊り上がった留三郎の双眸が俺を射抜いた。
その瞳の奥に、ゆらゆらと水の膜が揺らいで光る。

「そんな風に思っていないよ」
俺はやんわりと、答える。
「はっ、お前の言っている意味が分かんねぇ」
留三郎が嘲笑するような笑みを浮かべた。

「そういう意味で言ったんじゃないよ」
俺はどう説明したらいいものかと一瞬目を伏せる。
留三郎は本当に仲間思いだから、きっと此処を離れる事を知ったら自分の事のように悔いてくれるとは思っていた。
けど、俺が聞きたいのはそこではなくて。
もっと、もっとあさましい己の願望。

上手く伝わるか分からないけれど、ゆっくりと口を開く。
「悲しさとは別の、傷ついた顔をしたから…」
許嫁を迎えると言った瞬間に凍りついたような表情をした留三郎。
俺に狙われなくなって安心だなって言った時の、裏切られたような瞳をしたお前は、何を思ってくれたの?

「俺が、纏わりつかなくなる事を淋しいと思ってくれるの?って、聞いたんだよ」
情けなく眉を下げて微笑むと、留三郎が一瞬虚を衝かれたような表情を見せ、それから段々と悲痛に歪ませていった。

「俺は一度だって“嫌だ”なんて…言っていない」

その言葉は最後まで紡がれず、微かに震えて掠れた音となった。
それと引き換えのように、俺をねめつけていた留三郎の瞳から、つぅっと一粒涙が零れた。

「ふざけんなよ、今更自覚なんて…させんなよ。俺は、気付きたくなんかなかった!!」
再び顔を覆おうとした留三郎の腕を、やんわりと阻止して畳の上に己の手で縫いつける。
「離せ馬鹿、」
それでも見られまいとそっぽを向く留三郎の目元に、もう一度口付けを落とした。

ちゅぅ

と、小さな水音。
少し、しょっぱかった。
「…っ、」
留三郎が微かに息を呑む。

「留、それって俺の事好きだって言ってくれているんだと思っていいの?」
肯定を求めるように首筋に顔を埋めると「…っ、あ」と、留三郎が微かに身震いした。
「自惚れて、良い?」
留三郎を抑える手に僅かに力を込め、窺い見るようにその瞳を覗き込んだ。
覗き込んだ留三郎の顔はほんのり朱に染まり、けれど傷ついている瞳の色は消えてはいなかった。

「留…?」
鼻先を触れ合わせるように、縋るように見つめると、留三郎の唇が戦慄いた。
「けど、俺は応えられねぇ。だからこんな気持ち、知りたくはなかった…」
己の吐いた言葉に自身も傷つきながら、そう留三郎は続けた。

「お前は家業を継がなきゃならない。俺は忍になる。ましてや女でもねぇ。…どうしようもないじゃないか。どうしろって言うんだ」
その言葉が、胸に刺さる。
ずっと俺も悩み続けていた事。
揺るがす事の出来ない事実問題。



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