03




「俺が聞きてぇのは、何で“今日で終わり”みたいな言い方なんだって事だ!」
ギリッと奥歯を噛みしめるような表情で問う。
「…だって、今日で終わりにしようって思って来たから」
堪らず留三郎の首に腕を回し、抱きつく。
「えっ…?」
不意打ちを喰らった留三郎が、俺の勢いをそのままに後ろへと倒れ込む。

―――――ドサッ

重なった二人の影が畳に映る。
留三郎に覆い被さる様になった俺は、上半身を起こしてゆっくりと顔を窺い見た。
絶句した留三郎の瞳が、ゆらり、と揺れる。

「俺ね、自主退学する事にしたんだ。急遽家を継がなきゃいけない状態になったし。本当は弟が将来継いでくれたらって思ってたんだけどさ、今はまだ学び舎に通っているし。最後まで学び舎には通い続けさせてやりたいから、俺が一旦戻って二人で維持しつつって事に決まったんだ」
にこりと笑おうとしたけど、笑えなかった。
口角が、情けなく上がりきらずに震える。
「俺から留に言いたかったから、皆には口止めをお願いしてた。これが“隠し事”」
きゅっ、と一度口を閉める。
「…皆と卒業したかったけど、仕方ないもんな」
ふぅっと、自身を落ち着かせるように一つ溜息を吐く。
「あとな…俺、許嫁を迎える事になったんだ。これも本来は弟とって願ってたんだけど、そうも言ってられなくてさ。農商業を持続させるためには、そういう形も必要みたい。…そうしないと家、存続難しくなっちゃってさ」
へへっと、笑うに笑えていないカスカスに空気の抜けた音だけが洩れた。
「俺も許嫁となる幼馴染も承諾済みだ。だけど、」
ぐっと下唇を噛み締める。

“だけど、”何だ。
中途半端に噤んだ言葉を女々しく思う。
何、この心境。
好いた男が居るのに、別の男のものになる生娘のやるせなさに似た気持ち。
そんな女々しさに気付かれたく無くて続きを呑み込む。
代わりに精一杯の虚勢を張って「これでもう俺に狙われなくて安心だな」っておどけたら


留三郎が、傷ついた顔をした。


何で?
何で傷つくの?
どうしてそんな悲しそうな瞳をするの?
「え…留?」
全く想像していなかった反応にうろたえた。

「…見んな」
留三郎が苦虫を噛み潰したような顔で低く呟いた。
「なん、で…何で、そんな顔すんだよ」
それでも俺は構わず問う。
「見んなッ!!」
「留三郎…」
「見んじゃねぇってばっ!!」
ドカッ!と突っぱねられ、思い切り突き飛ばされた俺は盛大な尻もちをつく。
けれど、痛みに割く余裕なんて無かった。
赤子が体内で眠るように身体をぎゅうぅぅと横向きに縮めた留三郎は、両腕で顔を覆い、俺からはその表情を窺い見る事は出来なかった。



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