01



今日だけは俺のもので居て
留三郎の許可の声を聞いて障子戸を開ける。
スッと戸を開けると、畳に胡坐をかいて虫籠を修理している留三郎が目に入る。
その身体のあちこちには、包帯や塗布薬での処置跡が覗いて見えた。
そこに俺は一瞬眉根を寄せるが、よくよく見るとあの時とは比べ物にならないくらい顔色は良くなっており、そっちには安堵して胸を撫で下ろす。
「…久し振りだな。その、家に帰っていたんだってな」
皆から聞いた。と、籠から目線を上げる事無く留三郎が続けた。

どうやらこの期間の俺の不在は、父の葬儀関連だと皆が伝えていた事が窺えた。
自主退学の事、ちゃんと俺から言えるよう皆は守ってくれているんだ。
ありがとう、伊作、仙蔵、文次郎、長次、小平太。

「あ…あぁ、うん」
もごもごと口籠る。
「けど手前、俺に何か隠し事あんだろ?」
詰問するように、ぎろりと鋭い視線が俺を捕える。
ぎくり、と肩が微かに跳ねた。
久々に合わせる眼。
留三郎の気性と意思を宿した瞳。

「家の不幸だとは聞いた。が、小平太はすげぇ何か言いたそうにそわそわしてるし、そのくせ何でも無いの一点張りだし、長次や仙蔵に邪魔されるし、隠し事してんのが見え見えなんだよ。何だってんだよ、こっちは心配してるってのに!」
そう不機嫌そうに一気に吐き出すと、ちっ、と焦れたように舌打ちをして再び目線を虫籠に戻す。
「悪い、責めるつもりじゃ無ぇ」
そうは言うも、苛々とした声音が続く。
それを紛らわせようとしているのか、作業を再開し出した。

しゅっ、しゅる、と紐の摩擦音が室内を満たす。
どちらも口を噤み、重い沈黙だけが鎮座する。
室内に伊作の気配は無く、多分保健委員会の仕事に行っているのだろう。

「座れよ」
がしがしと頭を掻く留三郎が嘆息をこぼして促す。
「うん…」
そう返事をして、俺は留三郎と向かい合うように腰を下ろす。
変わらず虫籠を睨みつける様にしながら修繕を続けようとしているけれど、その中に何処か思案したような色を滲ませた。
そうだよな、色々追求したい事があるはずだ。
留三郎が怪我して以降の俺の不在。
その理由の一つである親の不幸、そこに纏わるだろう今後の話し、小平太が言いたそうにしていたという“隠し事”の内容、そして何よりも、保健室での口付け。
悶々と、何処から何を聞けばいいのか、今聞くのは酷なんじゃないかと俺を気遣っている様子も窺い見えた。
悩ませて申し訳ないと思う反面、やっぱり俺はそんな留三郎の横顔に見惚れた。
久し振りに会ったというのもあるし、今から真剣に想いを告げようと思っているからか、ひどく愛おしく胸の奥がぎゅうぅぅっと締めつけられる思いがした。

[ 45/56 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]