01



それでも明日は止まらない
腹を括ったものの、あれから数日は部屋の片付けと留三郎の体調の回復待ち、そして家業について実家に居る事の方が多かった。
そんな中、委員会の子たちと他の後輩たち、それとお世話になった先生方に最終的な挨拶をするべく再び学園へ戻って来たってのが今の俺の状況。

門前で六年間通った学び舎を見上げる。

齢十になったかならないかの童子が立派な忍を目指して訪れた校舎。
大きな希望と少しの不安を胸に潜った正門。
始めて袖を通した制服。
同室の相手が誰かと胸を躍らせたあの日。
古紙と墨の匂いが漂う教室。
真新しい教科書。
使い古された黒板。
軋む廊下。
全てが愛おしい記憶。

留三郎との出会いもよく覚えている。
行儀見習いだった俺は、最初の三年間は選択教科が被らない限り同じは組でも留三郎たちとは授業が一緒になる事はなかった。
それでも、留三郎の事は知っていた。
留三郎はあまり体格が良い方でもなく、身長なんかは小さい部類だったにも関わらず昔っから正義感に溢れ、同級を馬鹿にする先輩にも果敢に立ち向かい、いつも何処かを怪我していた。
そんな留三郎を、俺はいつの間にか目で追っていた。

…いつからだろう。
憧憬が恋慕に変わったのは。
気が付いた時には“そうだ”と、胸に落ちていた。

最初は憧憬から“好きだ”と伝えていた。
その頃は留三郎も面映ゆそうに「俺もお前の事好きだぜ」と応えてくれていた。
しかし恋慕へと変わり、言葉にその色を掴み始めると、留三郎は困ったような微笑みを浮かべるようになった。
何処か扱いあぐねている様子で、それでも引き離すことなく、曖昧に。
最近まで俺たちはその距離を保っていた。

だけど

暫く前の、俺の「留三郎を抱きたい」と言ってしまった失言と保健室での失態。
そして父の不幸による退学などでその均衡は破れ、あまつさえ今日、己の手で最後の幕を下そうとしている。

「はぁー…」
重い溜息が漏れる。
「あれぇ日向君、門の前でどうしたの?はい、入門表」
まだ事情を知らされていない小松田さんが、事務員長屋から書物と入門表を抱えながら歩み寄って来た。
「いや〜なんか、ほぼ六年間よく通えたなぁと感慨深くなって」
「ふふ〜、もう一年もしないで卒業だもんね、凄いなぁ」
深くは受け取らず、小松田さんもにこにこと門を見上げた。

色んな事があった。
色んな人と出会えた。
色んな事を学んだ。
そんな六年間学んできた学び舎を、卒業も一年を切ったという時分に去るなんて思いもよらなかったし、正直悔しい。
悔しいというには語弊があるな。
とてつもなく『淋しい』だ。
そうだ、淋しいんだ。皆と離れるのが。
卒業すれば別々の途を歩むと分かってはいるのに、それよりも前で別つ事がこんなにも淋しい。
そして何より、留三郎と離れるのが、悲しい。

けれど、そこを嘆いても詮無い事。
ならば想いの丈だけでも、けじめとして真剣に伝えて去ろうと奮い立って此処まできたのではないか。

「小松田さん、俺頑張ってくるね」
入門表に記入して手渡すと、きょとんとした顔の小松田さんと目が合った。
まぁ、そりゃそんな顔になるわな、急に頑張るとか言われれば。



[ 43/56 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]