03




「留三郎にだって…。留三郎の、子ども好きで後輩に慈しみを持って触れる手も、忍として強くあろうとする心も、鍛錬を惜しまない努力家な所も、文句を言いつつ小平太や文次郎が破壊する場所を丁寧に直す真面目さも、全部が好きだよ。俺の気持ちを知っても嫌悪することも無く一生懸命理解しようとしてくれる所も、心底笑った時の、あの屈託のないくしゃっとした笑顔も」
わなわなと、唇が震えた。
「だけど、俺にはそれを与えてやれない。傍で支える事も、留三郎の稚児(ややこ)を抱かせてやることも…」

“稚児”と口にした瞬間、色んな物が競り上がって来た。
ずっとずっと無意識に俺を抑圧してきた一語。
跡取りである期待、息子としての義務。
全てがそこに集約されているとさえ錯覚した。

「誰一人、幸福に出来る想像が持てない」
ついに俺は両腕で顔を覆い、団子虫のように丸まってその場に突っ伏した。
肩が震えて、上体を支える力を保てなかった。
「…僕が思っていたよりもずっと…ずっと、家の事は陽にとって心を蝕む問題だったんだね」
そう言って伊作が覆いかぶさるように、畳に突っ伏す俺を腕に抱き込む。
「蝕む、なんて言葉が悪かったね。ごめん。でも、そう感じてしまう程、陽は真摯に考えていたんだって分かった」
落ち着かせるようにぽんぽんと背を叩き、俺の肩甲骨辺りに伊作の頬が置かれているのがその温度で分かった。
頭部に伊作の鼓動が伝わる。
小さく呼吸をする度に上下するその胸が、同律の伸縮で俺に心地良い圧迫を与えてくれた。
そして何より、伊作の制服に染みついた薬草の匂いが安堵を与え、少しずつ落ち着きを取り戻していった。

「強引にも感じる物の言い方の裏には、陽のそういった生真面目さや優しさ、そして“恐れ”と頑なな心が隠れていたんだね」
うんうん、と伊作が納得したように小さく頷く。
「ねぇ、前に言った事あるよね?自分が自分の気持ちをぞんざいに扱ってしまったら、誰もその想いを大切にしてくれる人が居なくなってしまうって。今の陽は?僕には頑なに“こうでなくちゃいけない”“こうであってはいけない”って、自身をぎゅうぎゅうに押し込めて、自分の持つ全てに罪悪を感じているように見えるよ」
ふわりと身を起こし、伊作は正座に直る。
それに倣って、俺もゆっくりと身を起こした。
「けしかけるつもりはないけど、そんなにも全てを一人で抱える必要があるの?誰かと荷物を預け合ったり、頼ったりする気はないの?」
意図する所が分からず、伺うように続きを待つ。
「…そうだなぁ〜何て言ったら伝わるかな。我儘…そう、“我儘”を言ってみてもいいんじゃない?」
「何言ってんだよ、散々好き放題我儘させてもらって来た結果がこれなんじゃねぇか」
やっぱり伊作の言っている事が理解出来ずに眉間に皺を寄せた。
「ほら。“させてもらってきた”って言うのは、やっぱり何処か遠慮や引け目を感じているって事でしょう?一度は自分だけの為の我儘を言ってごらんよ。…もう、赦してあげてもいいんじゃない?」
と、伊作が微笑んだ。


いつかの孫兵の声が再び蘇る。
(―――ご自身を、赦して差し上げれば良いのに)
そう言って「人とは大変ですね」と、儚くも美しく微笑んでいた後輩。

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