02




はっ、馬鹿げている。
だけど、それすらも伊作なら受け入れてくれるだろうと甘えてしまった結果の失態。
甘え切って委ね、最後はその優しささえも踏みにじった。
愚の骨頂だ。
弁解の余地も無い。

「ごめん、伊作。俺、お前に甘え切ってた。お前の優しさに甘えて踏みにじった…」

何一つ説明出来ていないけど、俺が今言える最大の表現がこれだ。
兎にも角にも、伊作に甘え切って八つ当たりし、結果裏切るような罵声を浴びせた。
喩え、俺と伊作以外はそう感じないような言葉に聞こえていたとしても。

互いに恋慕を募らせている相手が判っていないのと判っているのとでは、あの言葉の意味は変わってくる。
そして俺たちは後者だ。

「…ううん、僕の方こそごめん。陽の気持ち、ほんの少しだけかもしれないけど分かる気がするよ。自分の好いた相手が大怪我をして生きた心地がしないというのに、片や時を同じくして悠々と意中の相手と一夜を過ごしたと知れば、僕もきっと八つ当たりしてしまうかもしれない。どんなに理不尽な事だと頭では分かっていても、どうにもならない気持ちってあるよね…」
そう眉をほんの少し下げて、見様によっては泣きそうな微笑みを浮かべた伊作が、小さく頷く。
あれだけの非礼な言動を浴びせたというのに、それでも忖度(そんたく)し、雅量を示す伊作の人となりに俺は瞠目した。

それなのに、
それなのに。
俺という奴は…
恥ずかしい。
自分がこの上なく恥ずかしい。

「陽、自分を責めないで。そう言われて当然の事を僕もしたんだ。あの子の怪我が心配で手当の為に泊めたのは本当。でも、それ以上の気持ちがあったのも本当…。だから、恥じる僕を見抜いて陽は怒ったんだと思う」
手にした包帯をぎゅっと握り、伊作が一度瞑目した。
「僕ね、自分の利己的な行いは反省しているけど、後悔はしていないよ」
視線を上げた伊作が、くっ、と俺を真っ直ぐに見詰めた。
「そうまでしてでも、あの時あの子の傍に居たかった。それ程あの子が大切なんだよ、僕には」
「…っ」
言葉に詰まった。
潔いまでのこの意志は、普段何処に隠し持っているのだろうと思う程に強かった。
反面、俺は迷ってばかりいる。
結局は家の事、この先の事、留三郎の本心を聞く事を恐れて、ただただ逃げるしか出来ていなかった。
それでも溢れる「好き」は、言葉に出さないと窒息してしまうようで、相手を困らすと分かっていても諦める為に零し落とすしかなかった。

「ねぇ…陽はこのままでいいの?」
ぽつり、と伊作が口を開く。
「えっ?」
「このまま学園を辞めて、実家を継いで生きていくのかい?」
まるで射抜くような視線で、じっと俺を見据える。
「…それ以外に方法が無いじゃないか。俺は家業を継がなくてはならなくなった。留三郎は立派な忍になるだろう。もうすでに道が違えている。只でさえ同じ男なんだ。夫婦にもなれないというのにどうやって繋ぎ留めておけるって言うんだ!」

―――違う。違う!そうじゃない。
それが問題なんじゃないんだ。
男だとか夫婦になれないとか、そういう問題じゃない。
それは当人同士の問題であって、今はそこが重要な話じゃないんだ。
もっと…もっとこう、血縁の話なんだ、問題なのは。
くそッ!上手く言えない…。

「なぁ伊作、俺どうしたらいい?家業はいずれ弟に…だなんて暢気な事考えていたけど、もうそんな事言ってらんねぇし、許嫁は決まるし、母親は俺たち兄弟を頼りにするしかないし、親父にだって小さい時から長男としての自覚を持たされてきたし…。俺、こんなんでいいの?誰の何にも応えられもしないのに、自分の気持ちだけを変えられないでいる」
言葉にならないじりじりした思いに唇を噛む。



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