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愛の痛みを知る人よ
自主退学を口にした時、その場が凍りついたような沈黙が流れた。

「留三郎には俺から言う。だからそれまで黙っていてくれ。頼む」
そう皆に頭を下げて口止めをしたのが今朝の話。

あれから俺は自室へ戻り、上手く機能しない頭のまま荷造りを始めた。
色んな事が一気に襲い掛り、何から考えればいいのか、何をしなくちゃいけないのか、何を口走ってしまったのか、自分自身でも理解しきれていないのが正直なところだった。

親父の死。
そして、急速に展開された絹代との話。
長男としての責務と重圧。
留三郎の怪我。
次から次へと重なる出来事に、俺の頭は破裂寸前だった。
(だからって、お角違いな八つ当たりをするなんて本当に馬鹿だ)
今朝の伊作への失態は、大馬鹿者以外の何ものでもない。
いくら混乱していたからってどうかしている。
ふるふると緩く頭を振ると、俺は立ち上がり自室を出た。





―――たすたす
と、伊作と留三郎の部屋の障子戸を叩く。
「伊作、今いいか?」
遠慮がちに問うてみると
「陽?大丈夫だよ、入っておいで」
と、変わらずの穏やかな声が返って来た。
その声音に少し安堵を覚えて障子戸を開ける。

スッと障子戸を開ければ、むわっと保健室を彷彿とさせる薬草の匂いが鼻を衝く。
今は衝立が少しずれて置かれており、衝立の奥で包帯…というか、使い古しの褌が綺麗に洗われて丁度良い幅に切られているそれを、一本一本巻いている姿が見えた。
「実習明けの暇だってのに、保健委員の仕事か?流石委員長、精が出るね」
伊作らしさに苦笑が漏れてくすりと笑う。
「ふふっ、じっとしているのもなんかね…」
と、伊作もつられてくすっと笑った。
そんな伊作をまっすぐに見据え、正面で居住いを正して座ると、俺は思い切り頭を下げた。
「今朝はごめん、伊作。完全な八つ当たりだった!…その、なんか色々ぐちゃぐちゃになっちゃって。何ていうか、お角違いな妬みとかそういうのも全部混ざって噴き出しちゃったって言うか…」
謝ろう。と思って来たが、何をどう言葉にして謝るかまで考えていなかった俺は、うろうろと言葉を選びながら何とか伝えようと思考した。

完全な八つ当たりだったのは誰の目から見ても確かだった。
しかし、その内容までは理解し難い事だったと思う。
俺自身も、やっと今になって少し理解してきた具合だし。

伊作は俺の気持ちを知っている。
そして俺も伊作の気持ちを知っている。
そんな中、片や大怪我でもう片方は状況に託けて一夜を共にしたという事実。
いいや、“託けて”だなんて、自分の浅ましい邪推でしかない。
というか、本来ならば邪推するような出来事でもないのに勝手にそうだと決めつけて腹を立てたのは、自分に後ろめたい出来事があるからだ。
自分の仕出かした愚行を、伊作に投影して罵ってしまったのだと思う。

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