02




「…留さんは、保健室だよ」
目を伏せた善法寺が答える。
「昨夜、実習の帰りに暗殺者に出くわして、それで…。でも大丈夫。命に別状はないよ」
そう皆を安心させるように微笑む姿に、日向は急激な苛立ちを覚えた。
「それで?窮地をあの五年に花形宜しく助けられて、留三郎を保健室に預けて自分は仲良く一緒に寝てましたってか?」
「…えっ?」
「今朝、お前の部屋から出てくるあいつに出くわして聞いた」
「そう…」
ぎゅっと、慙愧(ざんき)に堪えない様子の善法寺が目を瞑る。その姿がますます日向を苛立たせた。

その苛立ちは何処から来て、本当は誰に向かっているものなのだろうか。
日向には理解する余裕なんて欠片もあるはずがなく。
ただどうしようもなく、先程の食満の姿と己の胸中、そして己の取った行動が脳裏を掠めて奥歯を噛んだ。
ギリッと唸らせ押し留めようと努めるも、容赦無く吹き出した怒号は目の前に居る食満の同室の友、善法寺に向けられた。

「はっ、良い御身分な事だな。同室の友が生死の淵を彷徨っていたってのに、自分はあの五年といっしょにおねんねしてたってわけか」
鼻で嗤うような態度の日向を「おい、陽」と、潮江が制止の言葉を掛けるも、一向に止まる様子は窺えない。
一方、善法寺は何も言い返す様子は無く、日向は焦れるように言葉を重ねた。
「何だよ、何で言い返さないんだよ!何でそんな悔いたような顔してんだよ!」
激情で今にも掴み掛かりそうになっていた日向の言葉が

―――スパーンッ!!

という、小気味良い音にぶった切られた。

「――ッ!?痛っ」
よろり、とたたらを踏むも、どうにかその場に留まる。
数瞬遅れて、口内がジンジンと痺れている事に気付き、次いでじわっと鉄の味が広がった。


「目覚めは如何か?」


声のする方へと顔を向けると、日向を見下ろすように悠然と微笑む立花と目が合った。
どうやら衝撃の原因は、立花の裏手打ちのようだった。

「馬鹿者が。何を伊作に八つ当たりしている。悔いているというならば陽、お前も手鏡を見てみる事だな」
ふんっ、と鼻を鳴らし清涼感のある目元を細める。

(―――貴方はまるで、ご自身を悔いている様だ)

ふと、伊賀崎の言葉が耳に返る。
サッと、頭が冷えて行くのを感じた。
「…仙ちゃん、容赦ないのね」
痛ててて、と苦笑を浮かべて頬を擦り「おかげで目が覚めました」と加える。
「色々ごめん。伊作もごめん」
と、日向が頭を下げて謝り、そのまま視線を足元に落としたままぽつりと呟く。


「俺、学園を辞める事になったんだ…」




どうして世界は時々脆い


(―――もう、何もかもぐちゃぐちゃだ)





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