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愛おしすぎた痛み
チチチッと、雀の鳴く声が庭に響く。
今はまだ夜が明けて間もない。

結局あの後学園へ戻ってくると、先生方に無断帰省の謝罪をし今後について学園長先生との話し合いになった。
その話し合いも纏まり、自室に戻った頃には夜の四つ頃。
そう遅い時刻でも無かったが、連日の精神の消耗が思ったより酷かったようで泥のように眠り込んだ。
気が付けば朝で、明の六つになろうという頃だった。
俺は朝餉の前に一度、伊作に頼まれていた薬草園の様子を見に行こうと既に支度を整えていた。
は組の皆が実習に行っている間、俺は俺で葬儀やら何やらで慌ただしかった為頼まれていた薬草園を後回しにする形となってしまっていた。
早々に診てやらなきゃ。留たちももう帰還したのかな?頃合い的には昨夜辺りだよな。無事に帰って来ただろうか。

(…会いたい)

そんな事を考えながら庭先へ出ると、スッと留三郎と伊作の部屋の障子戸が開いた。
「あっ、やっぱ帰って来てたんだ」
久々に留三郎に会える安堵で顔が緩む。
「おはよう」と声を掛けようと思ったら、中から出てきたのは・・・噂の五年生だった。

「あっ、日向先輩、おはようございます」
彼は礼儀正しく、綺麗なお辞儀をして挨拶をしてきた。
一瞬、見惚れる。仙蔵が熱心に作法委員会に勧誘するのも分かる気がした。
寝起きだというのにきっちりと夜着は整えられ、寝癖も無く真っ直ぐにその濡れ羽色をした髪を背に滑らせていた。
うん。何と言うか、第一印象として可愛いとか綺麗とかの言葉が浮かんだが、容姿を形容する意味合いでの言葉は不釣合いな気がした。そういうんじゃなくて、内から滲むモノにどきりとする。
(そりゃ伊作も惚れるか)
何処か儚げというか、何か・・・掴めなさそうな印象を持った。

「うん、おはよう」
うつらうつらとそんな事を考えていた俺も挨拶を返す。
「お早いのですね」
そう言ってにこりと微笑む彼は、確かに惹かれるのも納得しそうなくらい慈悲に満ちていた。
知らず俺もにっこりと微笑む。
「伊作に薬草園を診てくれって頼まれていたのを思い出してさ」
「いつも診て下さっていたのは日向先輩だったのですね。ありがとうございます」
再び丁寧に頭を下げられ、俺は面映くなる。
「いやいやいや、大抵は伊作やお前が解決しているって聞いてるぞ?知識豊富なんだな」
この五年生に対してあまり知っている事はないが、俺たち農業を営む者くらいしか学ばないだろう植物や野菜、薬草の病気についてを、伊作は勿論の事だけどこいつまでも知識を得ているというのには素直に感動した覚えがある。

正直に言うと、俺はこいつに対してちょっと苦手意識があった。
下級生を溺愛する留が、一つしか違わないこいつも同様に気に掛けている節があって嫉妬していたってのが本当だけど。
鉢屋や竹谷…いや、引き合いに出す人物を間違えた。可愛気のある不破や生真面目な久々知、愛嬌のある尾浜にはしないような気の掛け方をこいつにはする、というだけで少し敬遠気味だったのは事実だ。
証拠に名前もまともに呼んだ事がない。
何処まで小っせぇ男なの、俺。
ここ数日の自分の劣等さ加減に嫌気が差して嘆息が漏れた。

「いえ、俺なんてまだまだです。いつも伊作先輩に助言を頂いておりますから」
そう謙遜するこの五年生の奥ゆかしさに、少し心洗われた。
(うん、ごめん!お前の事何も知らないのに苦手意識持ってごめんな!)
と、胸中で謝る。

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