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そうなのだ。
親父の訃報により、事は俺が目論んでいたよりもずっと早く動き出した。
本来ならば家業を弟に譲り、俺は後援して行くつもりだった。
今の俺には嫁を貰い家業を継ぐ想像が出来ない。
ならば先の見えない俺なんかより、ずっと賢く有望な弟が継ぐのが相応しいだろう?
…なんて、そんなのは傲慢な押しつけに過ぎないことくらい分かっている。

(だけど、どうにも出来ない事だってあるじゃないか)

しかし、そんな悠長な事は言っていられなくなった。
親父亡き後その位置に納まる人物が必要で、そこには勿論長男である俺が、という事は明白だ。
親父の体調が芳しくないと分かってからは、怒涛の勢いで色々と叩き込まれた。
もしもの時の為にだなんて縁起でもねぇ事言ってんじゃねぇよって小突きあいながら、それでも大方覚悟していたんだろう。もっとバタバタとするかと思っていたが、導かれるように事が進んだ。
それは絹代の親父さんとの間で話が纏まっていた事も一因なんだと思う。
葬儀を終えた後、俺と絹代は絹代の親父さんに呼ばれ、親父たちがよく談義を交わしていた絹代の家へと招かれた。
そこで聞かされたのは二つ。
一つ目は、変わらずうちと手を組んで農商業を続けてくれること。
しかし大黒柱が居なくなった今、うちより規模の大きい絹代の家、つまり商家が情けのように手を組んだままなのは他の業者にとって印象が良くない事。
関係を続けるならばそれなりの説得力のある間柄を示す何かが無ければならない。
それは二つ目に当たる、絹代と許嫁になり、婿入り婚を前提に将来合併する事を見通しての関係だった。
詰まる所、俺ら日向家の生活の保護を担ってくれるという事だった。
まだまだ俺や弟なんかでは家業を回しきれないし、何しろ元服も迎えていない童だ。そんなのを相手にしてくれる殊勝な商売相手なんてそうそうに居ない。
ともすれば、絹代の親父さんと生前に交わしたのであろう親父たちの将来の夢展望を実行するのが一番なんだと思う。
本当はそこに健在な親父も居て、絹代の親父さんと引退するまで商売繁盛を掲げて仕事に精を出し、いずれ絹代と俺が夫婦になり子を儲け、孫も出来て跡取り安泰だな〜なんてガッハッハッと笑って酒を飲み、弟は頭が良いから南蛮に渡って農商業の知恵などを学んで来て貰えたら…なんて考えていたんだと思う。
夢だけはでかかったからな、親父たちは。

今までその話を、俺はのらりくらりと躱してきた。
だからここまで絹代とは許嫁になる事も無く、あわよくば弟と絹代が結ばれればいいとさえ思っていた。
…ははっ、何処まで薄情なんだろうな、俺。
二人の幸いを願っているのは本当だ。
そして大切な二人が結ばれれば、この上ない幸いだと思っているのも事実だ。
だけど裏を返せば、どうにしたって応えられない自分を誤魔化そうと弟に押し付けているに過ぎない。
もう、何度も何度も同じ所をぐるぐると回っている。
だけど、悩んでいい勝手はもうない。
婿入りして家業を維持出来ると知れば、頷く他なく。絹代の親父さんの申し出を受けた。幸か不幸か、絹代からの異論も無い。


だけど、でも。


何度となく頭に浮かぶ顔を、振りかぶっては散らした。

しかし、まだその腕に誘われる程の覚悟も無く、俺を抱きしめようと歩み寄る絹代を制した。
「ごめん、ごめん絹代、ごめん…」
ただただ詫びの言葉を繰り返す俺を、母性に似た声で絹代が諭す。
「私たち、きっとすぐに夫婦になるんだよ?」
そう食い下がるこの幼馴染に、俺は何と懺悔すればいいのか分からず唇を噛む。
そうなんだ…俺にとってはどうしても“幼馴染の絹代姉ちゃん”以上には見られない。

(どうして、何で!何故ッ!)

今すぐ叫び出したい衝動が体中を駆け巡った。
髪を掻き毟り、己を罵倒して消してしまいたかった。

どうして俺は世に背く想いを捨て切れずにいるんだ!
誰一人幸いには導かないこの想いを、後生大事に持ち続けるつもりなのか!
いずれ絹代と夫婦になるというのに、どれだけ人を不幸にすれば気が済むんだ俺は!
親父の希望にも応えられず、母に孫を抱かせてやるというささやかな夢さえ叶えてやれそうもなく、弟には家業を押し付け、留三郎をずっと悩ませてきた。
いっそ俺がこの気持ちを消し去る事が出来たら、全てが万事上手く行くというのに!



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