02


「わわっ、手紙飛んで行っちゃうよぉ?」
はしっと俺の手を包むように小松田さんが手紙を押さえた。
「わぁ!日向君どうしたの!?手が冷たい!」
初夏だというのに。
じっとりと湿っているならまだしも、気温とは真逆の冷たさを示されては驚かない方がおかしいだろう。
「顔色も悪いよ、保健室行ったらどうだい?」
心配そうに俺の手を握る小松田さんの瞳とぶつかる。
そのお陰で少し落ち着いた。
「大丈夫っすよ〜。それに早馬って事は至急の用なんだろうし、手紙読んじゃわないと」
あたかも手紙の所為のように言ってこの場で手紙を解くが、本当は一人きりで読む自信が無い。
小松田さんには悪いがもう少しだけ巻き添えになってもらう。

――――かさり

開く紙の擦れる音が、やけに大きく耳についた。
ごくり、と俺の喉が鳴る。
(何をさっきから勝手に最悪な想像してんだよ、俺。単に裏裏山であの芽取って来いとか、今日の仕事分は落ち着いたから戻って来なくて良いとか、そんなんかもしれねぇってのに)
手紙を開ききって一つ深呼吸をすると、見覚えのある母親の字を追う。
そこに書かれていたのは――――







「…ごめん、小松田さん、先生に言っておいて」
日向が手紙に目線を落としたまま呟く。
「えっ、えっ?何を!?」

日向の目が字を追って動いたかと思えば、次の瞬間にはまるで金縛りにあったかのように硬直した。
その変調に小松田が驚いて声を掛けようとしたのを遮る様に、日向は言い除けたのだ。
戸惑う小松田を余所に、日向は手紙を小松田に押しつけるようにして渡すと、説明は愚か小松田を一瞥もする事無く駆け出した。
「あっ!日向君!外出には出門表にサインしてってくださぁ〜い!!」
事務員の性か、状況を呑み込むよりも先に常套句が口を衝く。
しかし追い駆けられなかったのは、日向の顔か、あまりにも切迫していたからだ。
「…どうしたんだろう、日向君」
走り去る背中を見送っていた小松田だが、取り敢えず握らされた手紙を誰か教職員に渡そうと、教職員長屋へと足を向けた。



その頃日向は走っていた。
制服もそのままに、無人の門を突破してひたすらに。
実家へと。
親の元へと。

(…あぁ、とうとうこの時が来てしまった)
鈍い頭痛が走る。
ここしばらく親父の体調が芳しく無く、俺は早急に跡取りとしての事を教えられ、取って付けた様なもんだけど代理を務めてきた。
それでも調子が良い時は親父自ら手を加えたり、絹代の親父さんとあぁでもないこうでもないと今後について話していた。
なのに―――
(親父、俺はまだまだ跡取りとして学べてないぜ。教わって無い事が沢山ある。全然、安心させてやれてねぇじゃねぇか。親孝行くらいさせろよ。俺に出来る親孝行の仕方を見付けてる途中なんだ。だから、まだ…)



只只、途方に

(――――そっちに、逝くなよ)





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