03




やっと分かった。
伊作だけが留に対する俺の気持ちを、否定どころか、ただの一度も不思議がらないでいてくれた事。
ただ、ありのままに受け入れてくれていた事の理由が。
元々の伊作の性格ってのも勿論あるんだろうけど、本当にただの一度も、一寸も隔たりを感じた事が無かったんだ。
その安心感に、俺は物凄く救われてきた。
その安らぎを与えてくれている伊作の中にも、俺と同じ葛藤が巣づくっているのかと思うと、何だかやり切れなくて、笑うしかなかった。
自分を嗤うしかなかった…。

「僕たちは何も、悪い事をしているわけじゃないんだよ」
伊作が縁側を眺める様に視線を滑らす。
上げられた顔に伴って、掛っていた前髪がするりと避けた。
その横顔は遠くを見つめ、少しの儚さを含む。
だけどそこには、俺の様な自嘲は微塵も感じなかった。
両親や世間に対して引け目は感じても、誰かを想う事に引き目を感じていない伊作の強さが眩しいとすら感じた。

「…陽の気持ち、何となく分かるよ。ただ、純粋に好きだって想うだけなのに、どうして男女のそれのように胸を張れないんだろうね。責められてもいないのに意味も無く引け目を感じるなんて…難しいね」
いつの間にか止まっていた指を遊ばせて、訥々と続ける。
「本能が邪魔をするのかな。子孫を残す行いである男女の営みに要する感情を、非生産的な同性へ感じてしまう自己嫌悪…なのかなぁ」
斟酌(しんしゃく)して言葉を選ぶ。
「それでも…自分の気持ちは無碍には出来ないよね。自分が自分の気持ちをぞんざいに扱ってしまったら、誰もその想いを大切にしてくれる人が居なくなってしまうもの」
まるで“その想い”がひとつの命のように話す伊作を、不意に尊い人だと、心に落ちた。


「…はがゆいね」


そう言って少し困ったように、恥ずかしそうに眉を下げて微笑む伊作に胸襟を抉られる思いがした。

そうだ、はがゆんだ。
俺は俺自身がはがゆい。
様々な想いと相反する現実と、やらなきゃいけない事と出来ない事と、通したい事とそれでは駄目だと自制する気持ちと、全部、全部にだ。全部が合わさってもうずっと、自覚してからずっとずっと、はがゆいと感じていたんだ。
だけど、そう自覚しようとも、それでも俺たちは…

「陽、それでも留さんが好きかい?」
伊作が忌憚なく問う。
「うん、好きだよ」
俺も堂々と答える。
「うん。僕も、あの子が好きだよ」
伊作も、はっきりと告げた。

「あははっ、俺たちって本当…何て言うか…莫迦だなぁ」
くっくっくっと、俺はこの現状を思い、さっきとは別の笑いが込み上げた。
何も解決していないけど。むしろ、もっと瀬戸際に追われたような自覚の仕方だけど、それでもどっかさっぱりしたのも事実。

「可笑しいな」
「うん、尊いね」

俺たちは見合って笑った。
ふっきれたような、曇りのない笑顔。
それは、燻っていた想いが形付くような衝撃を伴って。



呆れるほど、鮮やかに

(―――鮮明になった想い)





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