03




「…ありがとうございます」
悶々と考えて左門の手を引いていた俺の手を、僅かに握り返した左門がぽそりと言う。
「んぁ?」
急に現実へ引き戻されたのと、お礼の意味が分からなくて間抜けな声を出してしまった。
「お仕事の途中だったんでしょう?あと…いえ、何でも無いです」
いつもの様にいっそ清々しい決断力を発揮する左門に珍しく、口籠る。
「何だよ?」
気になって顔を寄せたら
「近いって言ってるじゃないですか!!」
ばしん!と、顔面を両の手で押し返されてしまった。
「何だよも〜、初々しい奴め」
あははっ、と笑って左門の頭をくしゃくしゃと撫でると、唇をへの字に曲げてドンッと、脇腹に頭突きをしてきた。
「痛てぇ!本日二度目!」
双方の間に隙間が無くなったのを良い事に、そのままかがんで左門の腰に腕を回す。
「わぁっ!」
と驚くのを余所に、ひょいっと抱き上げた。
竹谷は一寸くらいしか抱き上げられなかったけど、下級生、それも小柄な左門ならばまだ抱っこ可能だ。
いつ何の決断をして突っ走って行くか分からないから、迷子防止に抱き上げる事に決めた。あと、疲れているっぽいし。

「降ろして下さい!僕もう三年なんですよ!止めて下さい!」
じたばたと抗議し始めた左門に「いいじゃねぇか誰も見てないし。たまには構わせろよ」と微笑むと「本当に強引ですね!」と睨まれた。
「あははっ、まぁまぁ。それより学園に着くまで寝てろよ。今朝早かったんだろ?休みなのにご苦労様」
ぽんぽんと、空いた手で左門の背を労う様に叩いた。
「全く…貴方って人は!!」
何かをぶつけようと口を開けたが、左門は続きを言う事無く、ぎゅうっと俺の首にしがみついた。

(休日なのに働いているのは貴方でしょう!疲れているのは貴方でしょう!労いの言葉を掛けたいのはこっちだ!)
と、神崎は胸中で叫ぶ。
それと同時に、自分たちの疲労を見越して、寝不足などに効きそうな野菜を「実家で摂れたお裾分け」と言って、委員会に差し入れてくれる優しさに想いを馳せる。
そして、会計委員会の鬼委員長である潮江と言い合いになってでも「下級生に無理はさせるな!」と怒ってくれている事も知っていた。
全部、自分達を想ってくれての事。

「おやすみ、左門」
ゆるりと後頭部を撫でられる。
(もう考えるのは止めよう!眠ってしまおう!気にしたら駄目だ!)
と、神崎はぎゅっと目を瞑る。
ぎゅぅっと更にしがみついてきた神崎を抱え直すと「くくっ」と日向が喉の奥で穏やかに笑って声を呑み込んだ。

その振動が、心地良かった。



意識させないでください

(―――この想いに決断を下してしまったら言わずにはいられなくなる!それは困るからな!)





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