02




「痛てぇッ!」
丁度背骨に頭突きを食らった。
こんなんじゃまた留三郎に怒られるな。
「それぐらい避けろよ」って。
自慢じゃないけど俺、成績ぎりっぎりだしね!
一応近付いてくる気配と、殺意が無いものだというのは感じ取っていたんだけど、まさか体当たりされるとは思ってもみなかった…。
「“敵を侮る事無かれ”だ!」って、文次郎も頭の中で眉間に皺寄せて怒ってる〜あはははっ。うん。痛みを誤魔化す為に現実逃避している場合じゃないよな。一体誰だ?

そろり、と腰元を見遣れば
「左門!!」
これまた予想外の後輩が居た。
「日向先輩!何で此処に!?」
心底不思議そうな顔をして左門が俺を見上げた。
「えっ、後輩?」
状況に瞳をぱちくりさせた絹代が口を開く。
「そう、後輩。って、左門!それはこっちの台詞だ!何でお前がここに居るんだよ」
「僕は委員会室に戻ろうとしていただけです!」
きっぱりと左門が答えた。
「お前ね、山一個下っちゃったよ」
左門の決断力のある方向音痴は重々承知していたので、それには驚きはしなかった。
だけどまぁ、どう決断を下せばこうも見事に迷子になるんだろうという感心と、その内保護者である作兵衛が血相を変えて探し始める気苦労を思って苦笑が零れた。
それから礑(はた)として後半の言葉を頭の中で反芻した。
「今、委員会って言ったか?」
知らず眉間に皺を寄せると、少し驚いた表情をした左門が、しどろもどろに言葉を淀ます。
「今朝方潮江先輩から召集が掛って、その、帳簿に誤差が出たのでやり直すと」
よく見ると左門の顔には疲労の色が滲んでいた。
「あのギンギンめ!昨日は珍しく俺たちに付き合ったかと思えば、休日に委員会なんて…休みの日は休めってんだ」
はあぁ、と大きく溜息を吐いてがしがしと頭を掻く。
「絹代、悪い。もうすぐ涼が帰ってくるから、続き頼んで良いか?俺は左門と学園に戻るわ」
がしっと左門の肩を抱くと「…あ…うん、分かった」と虚を突かれた様で頷く絹代と「一人でも帰れます!」と左門が同時にしゃべった。
「いいの、さぼる口実なの」
左門の耳に唇を寄せてそう笑うと、みるみるうちに左門の耳が真っ赤に染まった。何でだ。

「わっ!近いです日向先輩!そういう事はその人と、さっきみたいにせせくりあう時にして下さい!」
憤慨した様子の左門が、片耳を掌で覆って俺を振り仰ぐ。
「せせくりあってねぇよ!生意気な事言ってんじゃねぇ」
ばしん、と軽く頭を叩く。
「痛ッ!暴力反対!」
大げさに頭を押さえて、可笑しそうに左門が笑った。

「じゃぁ、また明日来るから」
絹代を振り返って手を挙げると「…うん」と、少し淋しそうに絹代が頷く。
何となく後ろ髪を引かれるような顔だったけど、そのまま左門と歩き出した。
今日の不義理は明日改めて謝ろう。今日は左門を届けて、ついでに文次郎に小言の一つも言ってやんなきゃ。
成長盛りに入る下級生には睡眠もしっかり摂らせるべきだし、休養もちゃんと必要だ。
あと、しっかりとした食事を三食ね!食事は、おばちゃんのぴっかぴかに磨かれた腕は太鼓判ものだから問題ないけど、しっかりとそれを摂らせる時間を作ってやるのも上級生の配慮だろう?
文次郎は委員会となると、さんばんが合うまで不眠不休で没頭する。それを後輩達にも求め、三木はまだしも、その下の子たちもぐらんぐらんになるまで珠算をさせられる。
俺たちのようにそこそこ成長してきた年齢なら多少の無理もどうとでもなるけど、下級生にもというのは同意し兼ねる。



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