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意識させないでください
「はぁ〜〜〜」
本日何度目かの溜息が出た。
「辛気臭いわね、何度溜息吐けば気が済むのよ」
重々しい溜息を吐く俺を横目に、父の仕事仲間である親父さんの娘であり、俺と弟の幼馴染である絹代が鬱陶しそうに言葉を放つ。
絹代がそう言うのも無理はない。昨日の留三郎との事を思い出しては溜息を吐くから、かれこれ…何度目?と、数えるのも莫迦らしくなるくらい沢山吐いてると思う。
幸い今日は休み(というか、今日が休みだから昨夜呑んだんだけど)というのと、昼過ぎから家業の手伝いに来ていたので、まだ留三郎には会っていない。けれど、ずっと避けるわけにもいかないし…と悶々としては溜息を吐くというのを繰り返していた。

「何刻落ち込んでいれば気が済むの?そんな鬱蒼とした気持ちで手入れされたんじゃ、野菜だってしょげるわよ」
商業を生業にしている絹代の家と農業を生業にしている俺の家は、お互いに協力し合って繁盛と発展に結び付くよう試行錯誤を繰り返していた。
近年では、農業の方に木綿の栽培が取り入れられたり三毛作になったりと変化し、どうやったらより効率良く商売して行けるかを話すのが、親父たちの専らの酒の肴になるくらいだ。
その分俺たち子どもへの期待も大きかった。「後継ぎ」という意味で。
あわよくば子ども同士で婚姻を結び、今の形態を継続出来たらと思っているらしい。
それは俺も絹代も、弟の涼も薄々は気付いている。
その思惑で来させられているのか、それともただ農業に興味があるのか、はたまた単に幼馴染のよしみでか、絹代は度々うちに来ては作業の手伝いをしてくれていた。
「喧嘩したなら誠意を持って謝れば良いでしょ?六年も友達やっているんだから何を今更思い詰める事があるのよ」
半ば呆れたように胡乱な目つきで見上げられる。

昨日の内容までは言っていないにしろ、絹代には留三郎が好きだと公言してある。
けれど、真に受けている様子は無く、せいぜい過剰目な親友の感情枠だと思われているみたいだった。
幼い頃は俺もそう思っていたから別段気にも留めていなかったけれど、これが恋慕だと自覚してからも、その誤解を訂正することは出来ていない。わざわざそうする必要が無いと思うからだ。
だから幾ら「留三郎に早く帰って会いたい」だの「留が好きだ」という話しをしても、あしらう様に「本当、陽は子どもね」と可笑しそうに笑うだけだった。
俺からしてみれば、たった一つ俺より年上ってだけなのに、幾つも年上のように大人振る絹代の方が子どもっぽくていじらしいなぁと思う。
子どもとも、まだ大人とも言えない危うい艶のある年頃。
ふふふっと可笑しそうに綻ぶ唇は、きっと大層柔らかく、薄っすらと桃色に染まる頬も同様に温かいのだろう。それを可愛く思うし、気兼ねの無い心地好さも知っている。
だけど、やっぱりどうしてか頭に浮かぶのは、くしゃっとはにかむ様に笑う留三郎の顔だった。
自分の思考に思わず「はぁ〜〜〜」と、本日何度目…というか何十度目かの溜息が洩れた。

「よしよし、絹代姉さんが慰めてあげましょう」
見兼ねた絹代が、俺を包み込むように両手を広げて此方に寄って来た。
「子ども扱いすんなー」
と、苦笑を浮かべて抗議を口にする。
俺より頭一個分小さい絹代は、回りきらない腕を背に回し「よしよし」と抱き締めてきた。それは昔から変わらない仕草で、小さい頃から「陽ちゃん、涼ちゃん」と俺たちを嬉しそうに抱き締めていた事を思い出した。
「年頃の乙女が、ほいほい男と抱擁しちゃいけません!」
俺は軽く絹代を小突いて離れさせる。
すると

―――どんっ!

と、俺の背中に体当たりしてきたものがあった。

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