03




「そんな顔すんな。まるで俺が泣かしてるみてぇじゃねぇか」
留三郎がふっと肩の力を抜き、苦笑を零す。

「唇、切れんぞ」
そう言って力を逃がすように、留三郎の指が俺の唇の上を這う。
その指の温度に、ふるり、と俺は肩を震わせた。

何でそんなに優しいの。
何でそんなに留三郎の指は温かいの。

嫌悪されてもいいはずの失態を晒した俺に、何処までも優しい留三郎の指が唇を撫でる。

競り上がってきそうになる涙をぐっと堪えて「泣いてなんか、いないよ」と、誤魔化す様に笑って軽口をきいたら「減らず口をたたきやがって」と、頬を抓られた。
「ありがとう留三郎。そういう所も・・・好きだよ」
懲りない阿呆だとつくづく思うが、それでもこうやって想いを逃がしてやらないと窒息しそうだった。

「ったく手前は本当に強引だな。何で今の会話でそうなるんだ」
呆れたように少し眉を下げた留三郎がぼやく。
「でも、嘘は吐けないから」
つられて苦笑を浮かべた俺も留三郎を見つめ返した。
少し困ったような留三郎の瞳の中にある慈愛を見つけてしまったら、もうそれだけで俺は鼓動を高鳴らせてしまう。
「・・・嘘は吐きたくないから白状するけど、さっきのは本音だよ。だけど、」
襲ったりしないから安心してって笑い話にする筈が

「陽、お前に俺は抱かせない」

と、被せる様に放たれた留三郎の言葉に硬直した。
「・・・うん」
暫しの沈黙の後、辛うじてそれだけは言えた。
言葉を続けなくてはと浅く深呼吸をし、涙を零させまいと無理やり笑って留三郎を見る。
「解かってる。ただ、嘘を吐きたくなかっただけだから。でもこれも結局俺の自己満足でしかないよな。ごめん、だから強引だって怒られるんだよなぁ、あはははっ」

もう、己の心が拉げ軋む音しか聞こえなかった。
それ以外、痛いも哀しいも何も考えられず「・・・忘れて」と、やっとの思いでそれだけを言うと、俺は自室へと駆けていた。

脇を駆け抜ける際に映った留三郎の瞳に、何処か憂いの色が紛れていたように見えたのは、どうしてだろう。



瞳の奥に疼く、哀感の色

(―――そんな瞳をさせたかったわけじゃないのに)





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