02




しまった、と思った。
しかし、しまったと思うも既に時遅し。
口を真一文字に引き結んだ留三郎がすくっと立ち上がる。

「先に寝る」
それだけを言うと、留三郎は部屋を出て行ってしまった。
「留、待って!」
俺は慌ててその背を追い廊下へ飛び出す。

浮かれていた。
久々に皆と居られて楽しかった事に溺れ、酒を呑み過ぎたようだ。
迂闊にも、しかも売り言葉に買い言葉のように、言わずに閉まっておいた本音を言ってしまった。
莫迦にも程がある。
自分の莫迦さ加減に叱責を覚えるも、今は留三郎を留める事に全力を注いだ。

「留、待って!話しを聞いて」
ずんずんと自室に大股で歩む留三郎の背に縋るように言葉を投げる。
「留三郎・・・」
何と言い訳したら良いのか分からず、零す様に呟いた俺の声に留三郎が足を止める。

既に自室の障子戸に手を掛けていた留三郎が、ぐんっと此方に顔を振る。
キッと鋭い双眸が俺を見据えた。
その眼に一瞬怯む。

「ごめん。酷い事言った・・・」
懇願に似た思いで引き止めたくせに、俺は所在無さ気に足下に視線を落とす。

四年生から閨の実習が始まり、女を抱くことは勿論の事、忍を目指す留三郎たち・・・まぁ、俺もだけど、抱かれる側も経験済みだ。
だから“抱く”そのものの言葉に怒っているわけじゃないとは解った。
そうではなくて、“俺に”抱くと言われた事に腹を立てているのだろうと思い逡巡した。

だって考えてもみてくれよ。
ただでさえ実習で“抱かれる側”になるのは、大抵の男からすれば大層屈辱的なものだ。
本来“抱く側”である性の人間が“抱かれる側”になるという事は、自尊心をも踏み潰される事に値すると言っても過言ではないと思う。
それでも必要とあらば心を殺してでも遂行するのが忍だ。
けれど今はそんな事は全く関係の無い、しかも級友に言われた言葉とあれば腹が立つのも十分に解かる。

「・・・ごめん」
もう一度呟く。

喩えばこれが小平太の言葉だったのならば、戯言で流れた事だ。
もしくは伊作なら笑い話で済んだはずだ。
けれど紛れもなく「留三郎が好きだ」と豪語する俺が発した失言。
散々「好きだ」と言っている奴からの言葉となれば、一瞬戯言として流し損ねた皆の気持ちも痛い程解かるし、真面目な留三郎が流せないのも解かる。

だから言わずにおくって決めていたのに。
あぁ、これで完全に嫌われるのだろうか。

俺は知らずに唇を噛み締めた。

「・・・別に怒っちゃいねぇよ。俺の方こそ取り乱して悪かった」
短く溜息を吐いた留三郎が、障子戸に掛けていた手を下ろし此方に向き直る。
それでも寄せられた眉間の皺が解かれる事はなかった。
その眉間の皺に、ちくりと刺す胸の痛みを覚える。
それに呼応するように、唇を噛み締める力が増した。



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