03




ぎゅうぅぅぅっと抱きつく私をゆっくりと、まるで繊細な硝子細工を扱うかの様に半助さんが抱きしめ返してくれた。
そう、真綿で包むように。
それから徐々に力が加わり、最初は慈しむように抱き締められていたのが、気が付けば求められるように力強く抱きすくめられていた。
「はんす、け…さん。苦しいよ」
思わず言葉を洩らすと

「名前、私と夫婦になってくれないか?」

と、緊張で掠れ気味の声が、私の耳朶を震わせた。
「…えっ?」
信じられなくて、暫し呼吸を忘れた。
「私と夫婦になってくれ、名前」
腕の力を緩め、私の顔を覗き込んでそう告げる半助さんと視線が交わる。
「この仕事を続けている限り、私は君を傷付ける事があるかもしれない。…いや、傷付けたり不安にさせてばかりだと思う。それでも私は、どうしても名前と共に生きて行きたいって、そう望んでしまうんだ」
どこか、自分を責めている様な声音。
「愚かな男だろう」
そう言って小さく笑んだ半助さんは、やっぱり何処か身を引く様な翳を落としていた。

あぁ、何か言わなきゃ、返事をしなきゃって思うのに、胸が詰まり喉が引き攣くだけで音にはならなかった。
音にならなかった声の代わりに、ぼろり、と涙が零れた。
「…ッ、」
一度零れ落ちた涙は、まるで言の葉を流し出すかの様に、後から後から流れ落ちる。
そんな私の頬を、半助さんが両手でそっと包んだ。
「泣かせてしまったね…ごめん」
―――コツン
と、半助さんが私の額と合わせて、そっと溜息を吐く。
合わさった額、頬に触れられた指先、鼻先を掠める吐息
全部から半助さんの慈愛を感じた。
全部から愛おしいんだと聞こえる気がした。

「ふぅ〜、ッ、うっ、ば、莫迦ぁ!!」
漸く声になったと思ったら、第一声がそれだった。
「莫迦!阿呆!間抜け!嫌なんて、駄目だなんて言うはず無いじゃない!!」
わぁんわぁんと、子どもの様に泣きじゃくった。
「傷付く事より不安になる事より、貴方と居られない方がずっとずっと恐い」
みっともないと分かっていても、止める術が分からなかった。
「愛しているの、愛しているのよ」
女の方から愛を口にするなんて、はしたない事かもなんて今は考えられなかった。
どんな手段でもいいから、この気持ちが伝わってくれさえすればいい。

儚い物をそっと守る様にしていた半助さんが、微かばかり惚けた顔をした。
それからすぐに、今までとは違う、幸福の混ざった頬笑みを浮かべた。
「本当に良いのかい?不甲斐無い男なのに」
そう言った半助さんの指の腹が、頬の上の涙を拭う。
「ここまで来て何を言ってるのよ。本当に不甲斐無い人が、こんな指を、しているはず…ないじゃないッ」
優しく撫でるこの手を想ったら、語尾が震えてどうしようもなくなった。
「貴方が好いの、」
と、言い終わるか否かで言葉が塞がれる。
「んっ」
続きは唇に阻まれ、こくん、と呑み下された。


「…名前、私も愛しているよ」


ほんの少し離された唇から零れた言葉は
その言葉の持つ形よりもずっと
もっとずっと、慈愛に包まれた熱を感じた。



優しさを
孕む指先
触れる頬
そっと撫でれば
愛をも伝う


(―――貴方に、ついて行きます)




[ 3/11 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]