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それから順調に交際を重ね…と言っても仕事が忙しい半助さんとの逢瀬はそう多くあったわけじゃないけど、逢えた時はとても優しく、そして慈しみを持って私を抱いてくれるので、不満も無かった。
本当は今日も夕刻辺りからうちへ来るはずだったんだけど、どうやら仕事が押したのか、今はもう夜も更け、心配の思いも強かったけど、とりあえず床についてもう少し待とうと布団に入っていた。

そんな折りの訪問だった。





「半助さん?」
私が寝ていると思ったのか、入室したそこから一向に動く気配がない。
不思議に思い、身を起して名を呼ぶと
「起してしまってすまない。そして、また約束を反故にして申し訳なかった」
と、頼り無い雰囲気を纏った半助さんがぽつりと呟いた。
「お仕事だったんでしょう?仕方無いもの。気にしないで、ねっ?」
補習授業などでこういう事は幾度もあった。けれど仕事だし、半助さんも毎回こうやって誠意を込めて謝ってくれるから責めた事なんてない。けど…けど、今日の半助さんはいつもと様子が違う。まるで責め立てられている様に張り詰めた声だった。

「私、怒って無いよ?そりゃ心配はしてたけど…。ねぇ、どうしたの?何かあったの?」
何だか不安を覚え、半助さんの元へと歩み寄る。

ふわり

と焦げたような臭いと、生臭い…そう、生の魚を捌いた時のような臭いが一瞬鼻を掠めた。
「それ以上来ちゃだめだよ。風呂には入って来たんだけどね…すまない」
言葉少なだが、言わんとしている事は分かった。
半助さんの勤める学校の在り方、ほんの少しの事しか知らないけれど、“命に関わる事”もあるんだと聞いた事はあった。きっと、今日はその“命に関わる事”だったんだと思う。ううん、今までだってきっとあったはず。それを上手く悟らせなかっただけ。けれど、今日はそれが出来無いって事は、それだけ、それだけ…

瞬間、ぞぞぞっと全身に鳥肌が立った。
背中を駆け上がった悪寒に、ぶるりと思わず身を震わせる。
その様子を見た半助さんが、微かに苦笑を零したのが見えた。

「私が恐いかい?…すまない、今日は来ない方がよかったな。でも、顔が見られて安心したよ」
そう半助さんがいつもと変わらない優しい声で、いつもと同じ少しはにかんだ様な苦笑を浮かべて腰を上げる。
「待って!違うの!」
思わず抱きついて引き止めた。
ぶわっと、先程の臭いが濃くなる。
けれどその中に、微かに半助さんの匂いを見付けて泣きたくなった。
「違うの、半助さんを恐がったんじゃないの!違うの!違うの…」
言葉を覚えたばかりの赤子の様に、同じ言葉ばかりを繰り返した。
「違うの。きっと今まではこういうの全部全部隠してくれていたんだなって気が付いたら…気が付いた反面、今日みたいに隠せない程の何かがあった時には、もしかしたら…もしかしたら半助さんにも何かあるんじゃないかって。喪う事があるんじゃないかって恐くなったの!」

纏まらない思考を精一杯集結させて、必死に伝えた。
“貴方が”恐いんじゃなくて、“貴方を喪う”のが恐いんだと。

私は必死にしがみついていた。
放したらきっと、私を想って離す日が来てしまうんじゃないかと恐かったから。


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