01

優しさを
孕む指先
触れる頬
そっと撫でれば
をも伝う


夜も更けた頃、寝具の並べらたれた部屋の障子戸がスッと静かに開けられる。
既に布団に身を沈めていた私に気を遣ってか、物音をさせずに入室してきた人物は、私と恋仲の人。
土井半助さんだった。

ここは下町の長屋の一室。
私は元服を迎えた頃から実家を出て、それまで通い勤めていた機織りの仕事場に住み込みをしながら生活を送っていた。
うちは兄弟が多いからら生活の足しになる様にと、誰かを慕う暇無く仕事ばかりをしていた。それに不満も無く私自身仕事が好きだった為、より長い時間勤められる様にと実家を出て長屋暮らしを始めた程だ。
当然親は嫁ぎ遅れるだの何だのと心配したけど、私は聞き流してばかりだった。
そんな中、たまたま仕事場に半助さんと同居していると言うきり丸君がアルバイトに来たのが切っ掛けで、思いもよらぬ人生を歩む事になった。

そう。
今では恋仲となった半助さんと出会ったのだ。

さっきも言ったけど、うちは兄弟が多いからきり丸君と仲良くなるのに時間は掛らなかった。何より、きり丸君が私を姉の様に慕ってくれ、私も弟が増えたようでとても嬉しいと感じた程だ。
そんなある日、機織り場が休みなのを良い事に、きり丸君が他のアルバイトを私にも手伝って欲しいと相談しに来た時があった。
そのアルバイト内容は子守りで、勿論子守りは弟たちで慣れていたし、特に休日にしたい事も無かったから二つ返事で承諾した。

その時の心底安心したようなきり丸君の顔ったらなかったなぁ。
「そんなに多くの子を見てるの?」って、聞き返しちゃったくらい安堵していて、私は思わず噴き出したのを覚えている。

話を戻すけど、早速きり丸君に連れられて向かった先がきり丸君の居候先、つまり半助さんの家だった。
嫁入り前の娘が殿方しか居ないお家にお邪魔するなんて…と、予想だにしていなかった展開に少し戸惑ったけれど、その心配は何処へやら。
私と同じくアルバイトの手伝いを頼まれていた様子の半助さんが、戸惑い、時に泣く子に翻弄されつつも穏やかに微笑んであやす姿に、ある種の安心感と親近感が沸いた。

「初対面なのに散らかった部屋にお通ししてすみません。いや、それよりもきり丸がご迷惑をお掛けして申し訳ない。私はきり丸の保護者の土井半助です」
と、きり丸君の頭も下げさせながら丁寧に挨拶をしてくれた。
慌てて私も「きり丸君がアルバイトに来てくれている機織り場に勤めております、苗字名前と申します」と、出来る限り丁寧に頭を下げて挨拶を返した。
「宜しくお願いします、苗字さん」
そう柔らかく微笑んで手を差し伸べてくれた半助さんに、きゅうっと心の臓が縮んだ思いがしたのは、今思えば一目惚れだったからなのかもしれない。

それから数度、きり丸君のお手伝いだったり、そのお礼にとお茶をご馳走になったりと半助さんと会う機会が増えた。
その度に恋慕は募り、いよいよ隠せなくなると観念した矢先、驚いた事に半助さんから交際の申し出を受けた。
私は驚きのあまり瞳を瞬かせ絶句し、その様子を可笑しそうに笑った半助さんが小憎らしかった。
でもそんな事より数倍、いえ、数万倍と幸せが込み上げて勝り、思わず泣いてしまった。
突然泣き出した私を半助さんがふわりと抱き締め、あの赤子たちをあやしていたように優しい手で幾度も背を擦った。何度も、何度も。落ち着くまでずっと…。


[ 1/11 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]