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仄暗い夜に溶ける
「貴方のその眼、好きですよ」
伊賀崎がにこり、と口元に綺麗な弧を描いて微笑む。
「穏やかな顔の下に潜むその獰猛な眼差しが、僕は一等好きです」
するり、と衣擦れの音をさせて竹谷の頬に手を伸ばし、そう続けた。
ジジッと、蝋台の炎が揺らめく。

「獰猛…か」
ははっ、と竹谷は苦笑を零す。

―――ならばいっそ「お前を暴きたい」と言ってしまおうか胸中に燻る真意を思って小さく溜息を吐く。

そんな事口が裂けても言えないけれど、嘘の吐けないこの双眸

「俺も、お前の瞳が好きだよ」
竹谷はゆるりと伊賀崎を見遣る。
伸ばされ掛けた手首を掴んで己の口元に引き寄せれば、拒否などせぬと無言の眼差しが返ってきた。
その酷く澄んだ瞳は、冷たくも真っ直ぐに竹谷を射抜く。

しかし、伊賀崎がこういう時に僅かに覗かせる別の色に、竹谷は一縷の望みを持っていた。
何時からか、静かに射抜く瞳の中に劣情を孕む色を見るようになった。
その眼差しに晒される度に、何度掻き抱いてしまいたいと焦れただろう。
咎める者がいるわけでもなく、ましてやお互いの望みが同じであるのだから迷う事など無いと思うだろ?
けど、そう安易なものではないんだ。


闇の世界に生きようとする俺たち忍は、使い捨ての殺人人形などと言われているが、無情なわけではない。

人の心の宿る、人間だ

如何にこの手が血塗られようとも、大切なモノが…守りたいモノが出来てしまえば、それを失うという恐怖が隙に繋がる。
それが己の判断を鈍らせ、見誤る枷になるかもしれない。
…ならば、手に入れない方が賢明だろ?
だけどこういう時、理性的に己を諭すよりも先に、愛おしさが溢れる返るのも確か
そして、同時にそれとは相反した、焦燥と暴力に似た感情が立ち込めるのもまた事実
そういう時、俺はどうしたらいいのか分からなくなる。

―――がりっ
俺はその苛立ちをぶつけるように、唇に押し当てた指に歯を立てた。
ふるり、と孫兵の肢体が震える。

触れなば落ちんその仕草、何時まで素知らぬ振りが出来ると言うんだ。

「…竹谷先輩、」
と、微かに呼ばれた気がして孫兵の顔を覗けば
「いっそ、貴方に囲われてしまいたい」
と、その薄い唇が動いたように、見えた。




仄暗い夜に溶ける

(―――どこか哀願にも似た声音で、)






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