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「伊作先輩、俺は貴方を誘惑致します。いつまでも平行線のままの議論に投じていても、きっと貴方は俄かには信じられないでしょう?」
艶然と微笑む鴻の顔が、視界いっぱいに広がる。
僕とは違う、婀娜っぽいけれど、確かに男の貌で。
「ですが幾分不慣れではありますし、危惧している部分での不安もあります」
鴻の危惧している部分、それは先に述べたように、精神的なところで身体的な問題を抱えてしまった事についてだと、すぐさま理解した。
「そして、自分の知らない自分を貴方に曝け出すのが恐い」

ちゅっ、と恐怖を払拭させるように、もう一度小さな口付けを施される。
それを僕はどこか夢見心地で受け入れていた。
全身が弛緩してしまったように、だけど耳と唇だけは鋭敏に反応を示す。
鴻の声を聞き漏らさないように、そして慈しみを持って触れられるその熱を忘れないように。

「鴻、何も心配いらないよ。僕だってお前を目の前にしたら、いつもの自分とは違う僕が顔を覗かせる。その度に反省はしているけれど、それでもそれが僕だ。鴻に知って貰いたい」
ぎゅっと懇願するように鴻を抱き締める。
「えぇ、俺も貴方を知りたい。そして、どうしようもない俺に厭きれないで…」
悲痛さすら滲むような声でさえ、今は睦言にしか聞こえない。
「厭きれるわけないじゃない。僕をみくびらないで。どれだけお前に恋焦がれてきたと思っているの」
いつか鴻に言った事のある言葉を、今は剣を一切含まず、どこまでもどこまでも愛情に満ちた言葉で伝える。

「この身体で、思い知らせてあげるね?」

そう見つめてにっこりと微笑んだ僕の中に、獰猛な気配を感じ取った鴻の口角がひくりと引き攣る。
「お手柔らかに…お願いします」
観念したように眉を八の字に下げた鴻が、今度はそうっと僕に抱き着いてきた。
僕も再びぎゅぅっと鴻を抱き返す。
ふわりと鼻先を掠める石鹸の匂い。
そのまま、髪や身体から香る鴻の匂いを肺いっぱいに吸い込み、ゆっくりと畳の上に押し倒した。




一歩を踏み出す勇気

(―――こうして僕たちは、本当の意味で恋仲になった)





■次項あとがき■


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