02




「伊作先輩?ご気分が優れませんか?」
ふと、鴻に声を掛けられた。
今は暁八つ時に入ったばかりの時刻。寝入った者と鍛錬に励む者との二種類に大体分かれる頃だ。
そして此処は六年長屋、僕と留さんの自室だった。
今夜は徹夜で薬草を煎じる作業があり、それを鴻にも手伝ってもらう為、留さんには申し訳ないが五年長屋の鴻の自室で休んで貰う事となり今に至る。
そう、室内には僕と鴻だけが居る状態だった。
順番に休みを取ったり、他の薬の予備を擂ったりと委員会活動を行っていた。
の、だけれど。
僕は、自分の浅ましい欲に引き摺られないようにと悶々としていた。
それを体調不良だと思った鴻が、遠慮がちに声を掛けてきたようだった。

「ううん、大丈夫だよ。ごめんね、何だかぼぅっとしてた」
本当の理由を言えるわけも無く、僕は曖昧に微笑んで答えた。
「少しお休みになられますか?」
心配そうに小首を傾げて、上目遣いに僕の顔色を診ようと覗き込む。
(可愛い…)
思わず腕を伸ばしかけかた。
「…伊作先輩?」
しかし、だんまりの僕を心配して、僕が伸ばすよりも先に鴻の掌が僕の額に触れる。
「わっ!」
驚いて咄嗟に腰を引いてしまった。
「えっ?」
驚きに大きく見開かれた鴻の瞳。
「あ…すみません、驚かせてしまいましたか?」
遠慮がちに手を引っ込めた鴻が苦笑を浮かべた。
「違う、違うんだ!ごめん、その…えっと、」
どう答えるべきか。いやらしい願いを見透かされそうで僕は変に焦る。
それを不穏なものと思ったのか、鴻の顔が少し陰った。

「…今日は止めておきますか?もし俺が邪魔しているのならば退室しますので遠慮なく言って下さい」
引いた手をぎゅっと握り正座した膝へ置くと、そう申し出て来た。
更に僕は焦る。
「違う違う!そうじゃないよ!…ごめん、僕が悪いんだ。僕が…鴻と二人きりだと意識したから」
羞恥で言葉が詰まる。俯いてしまう。でも、白状しなければ鴻は自分の所為だと悩むだろう。それは避けたかった。そう誤解される方が僕には居た堪れない。

「意識しちゃったら…触れたくなっちゃったんだよ。それを知られるのが恥ずかしくて…つい」
と、僕は力なく苦笑を浮かべる。
ごめんね、はしたないね。と言いながら顔を上げると、鴻の目許がほんのりと色付いた。
「あの…えっと…」
言葉の意味を理解した鴻が、そろりと瞳を泳がす。



[ 40/44 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]






- ナノ -