04




瞬間、矢で射抜かれたような衝撃と、ぶわりと這い上がる激情に、ぼろりと涙が零れた。
もう、どうにも堪らず鴻に縋りつく。
抱きついて、抱きしめて、首元に顔を埋めて。
嗚咽を漏らす事だけは耐えた。
そんな俺を優しく抱き止め、抱き返してくれる。

「ありがとう、兵助。ずっと言いたかった。お前がこの部屋で見せてくれた涙も、出て行く時に露わにしてくれた感情も、沢山の事を俺に教えてくれた」
「ふぅ…ッ、うえっ、」
我慢しきれずに嗚咽した。
酒とは厄介なものだ。
感情の舵を、自分で操れなくなるようだ。
「…っ、俺もッ、お前か、ら、っ沢山、教えて貰った」
引き攣る喉を落ちつけようと、小さく呼吸を挟む。
「俺が、わ、笑うように、なったと言うのならば…ッ、」
ちゃんと伝えたくて、再び数度深呼吸を繰り返し嗚咽を落ち着かせる。
「―それは、お前が与え教えてくれたモノだ」
言葉とは、口にすると重さを増して実感するものなんだな。と、頭の隅で思う。

「そうか…。伝染するんだな。風邪のように、幸いもまた」
俺の背を撫でながら、感慨深げに言葉を噛み締るように鴻が呟いた。
「…あぁ。それともう一つ、俺はお前から教わった」
鴻の顔を見たくて、涙に濡れる顔もそのままに少し離れて覗き込む。
「それは、何…?」
探るように問う、何処か甘い鴻の声音。
耳を擽るその声に震えそうになる身体を叱咤し、俺は口を真一文に引き結ぶ。
「教えてやらない」
意地悪だと思うなら思え。
お前から“恋慕う”という情を教わったなんて、言えるわけがないだろ。
「あっ、拗ねた」
「拗ねてない!」
そうムキになる俺を見て、鴻が「ははっ」といつものように笑った。




染つる

(―――俺の、尊び人)





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