03




「まぁな。でも面白いな、この格好」
そう言って「ははっ」と笑うと、手にしていた温かいパックの珈琲牛乳にストローを刺す。
笑った時の振動も、手を動かす度に触れる面が変わるのも、その全部が愛おしかった。

「缶も良いけど、紙パックのホットって、何か独特の紙の柔らかさとか温かさがあって、より暖かく感じない?」
身体の力を抜き、背を預けるように寄り掛かってきた鴻が、柔らかな表情と声で問う。
私はその肩に顎を置き、紡がれる声に耳を澄ませて「そうだな」と相槌を打つ。
そのまま、ストローが口に運ばれる様子を見つめた。

(―――キスを、したい)

ゆっくりと、ほんのり開いた唇。
そして少し口先を窄めて、ぱくりとストローの先端を銜える。
吸い上げられる珈琲牛乳。
ごくり、と一度喉が上下する。

(…えろい)

いや、分かっている。
私の考えこそが卑しいって事くらい。
だが、好いた相手に劣情を抱くのは致し方ない事だろう?



(―――キスが、したい)



「あッ!!!!!」
と、唐突に声を張り上げる。
勿論、態とだ。
こんな古典的な事に引っ掛かるか甚だ疑問だし、こんな手法を選んだ自分にも滑稽過ぎて呆れてしまう。
しかし今の私にはそんな事など瑣末な問題で、形振り構わない程焦がれてしまっていたのだ。

鴻の唇に。

「えっ?」
突然真横から上がった声に驚いて、鴻がぴくりと肩を強張らせて振り向く。
それを予想して、あざとくほんの少し距離を詰めていた。





ちゅっ





と、唇と唇が触れ合う小さな水音が零れる。
幸いだ、と歓喜が走って微かに背が震えた。
その反面、目先の欲に眩んで仕出かしたこの体たらくに、血の気が引く。
やってしまったものは仕方がない。
「何だよ。気持ち悪い」という文句や、最悪突き飛ばされる事を覚悟して唇を引き結ぶ。
ところが…

「あっ、悪い」
パッと顔を離した鴻が、こちらが拍子抜けする程に普段と変わらない口調で詫びた。
「こんな近かったとは思わなかった」
あまりの至近距離にぱちぱちと瞳を瞬かせる。
「…いや、謝るのは私の方だ。大きな声を出してすまない」
私は予想外の反応に呆けて、まじまじと相手を見つめる。
「うん?」
じっと顔を覗き込んだままの私を不思議に思ってか、鴻が小首を傾げた。
「いや…その、お前は平気なのか?」
混乱した頭で、そう問う。
「何が?」
「何がって…今、私たちキスしたんだぞ?」
「あぁ、しちゃったな」
と眉を八の字に下げ、若干面映ゆそうに苦笑ともとれる笑みを浮かべた。



[ 30/44 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]






- ナノ -