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噤む口 煩く語るは 己の双眸
「お手数お掛け致します」
消毒薬の充満する保健室に、私の声が静かに響いた。

文武両道・秀麗眉目であるこの私、平滝夜叉丸は自己管理だって完っっっ璧だ!!
なのに何故私に不釣り合いな保健室に居るかと言うと、我が体育委員会委員長である暴君…いえ、七松小平太先輩の出された活動内容があまりにも酷で…その苛酷さに潰れた一年は組の皆本金吾を運んで来たからだ。

「ご苦労だったな、滝」
ふっ、と苦笑を浮かべ室内に招き入れて下さったこの先輩は、五年は組の近江鴻先輩である。
先輩は私から金吾を受け取ると、気を失って眠る金吾の前髪をサラリと梳いた。

「七松先輩も困った御方だなぁ」
五年生を示す宝石藍の装束に身を包んだ先輩は、くつくつと喉の奥で苦笑を噛んでその肩を震わせる。
「金吾も直に目を覚ますだろう。大丈夫」
にこり、と私に柔らかい笑みを向けてくれた。

どきり、

たったそれだけの事なのに、私の鼓動は一つ跳ねる。
その慈愛に満ちた微笑みは、たった一つしか年齢が違わないはずなのに随分と大人びて見えた。
「滝は具合、大丈夫か?」
金吾を布団に寝かせた先輩は、視診するように私へと歩み寄る。
「何て事はありません!この平滝夜叉丸、これくらいで音を上げるなんて失態は晒しません!寧ろ、まだ委員会活動だって出来ます!何てったって文武両道秀麗眉目な私は体調管理だって完っっっ璧なのですから!正に、」
つい熱が入り饒舌に話し出した私を、近江先輩が柔らかく微笑んで耳を傾けて下さっている事に不意に気が付く。
証拠に、ばちりと視線が合った。
その途端私は、ぼっ、と自身の頬に熱が集まるのを感じた。

「…痛ッ!」

動揺して思わず舌を噛んでしまった。

「おっちょこちょい」
ははっ、と笑った先輩が、ぐいっと私の顎を掴む。
「急いでしゃべらなくても、ちゃんとお前の話しを聞いているよ」
舌が切れていないかと、私の口腔を覗いて先輩がくすくすと笑った。
「舌は切れていないな」
うん、と納得した先輩が私の顎がら手を解く。

舌を噛んだ羞恥と、顎を掴まれた時に感じた全身を巡るような緊張、そしてそれによって逸った鼓動と集まる頬の熱を持て余して、私はぐっと先輩をねめつけた。
それが子供染みた強がりだと分かっていても。
そして、この収拾のつかない形容し難い感情は、私をひどく落ち着かせなくさせた。

「ん?どうした、滝」
きゅっと口を噤んで見つめる私の頭を、先輩は優しく撫でて下さる。
「…何、でも…ありません」
辛うじてそれだけを呟くと、もう少しこの状況に甘えてみようと、先輩を見つめたままその手を甘受した。




噤む口 煩く語るは 己の双眸

(―――何故だ、先輩の前では上手くしゃべれない)





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