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「おはよう、皆。今朝は冷えるな。」
ひょっこりと私たちの後ろから合流して来たのは1年C組の近江鴻。その声に、思わず私の肩が跳ねる。
「あっ、鴻、おはよう。」
いち早く気が付いた雷蔵が微笑み挨拶を交わす。
「はよっ!!」
続いてバシンと鴻の背を叩いて挨拶を返した八左ヱ門と「おはよ〜」「おはよう。」と、八とは対照的に穏やかに返す勘右衛門と兵助。
「おはよう、鴻。」
遅れて私も挨拶を返す。

鴻と知り合ったのは、入学してしばらくの事だった。
その当時、まだ慣れぬ同級たちと先生をいい事に、私と雷蔵は悪戯心から、お互いの振りをして体育の授業を受けた事があった。
ジャージには名前が刺繍されており、交換してしまえば容姿が似ている上に輪を掛けて印字されている名前の思い込みで「鉢屋」のジャージを着た雷蔵を三郎として、「不破」のジャージを着た私を雷蔵だと思い込むだろう。
案の定その日の体育の授業中、誰にもバレる事はなかった。
そんな授業の帰り、更衣室へ向かう私たちに声を掛けて来たのが鴻だった。
鴻は迷う事なく「鉢屋」と書かれたジャージを着、私の仕草を模した雷蔵に「雷蔵、この薦めてくれた本面白かった!ありがとう。」と本を差し出した。
「…私は、鉢屋だけど。ほら、名前。」と、着ているジャージのネーム部分を指差してシラを切ろうと試みた雷蔵に「えっ?交換遊びでもしてるの?確かにそっくりだもんな、雷蔵と鉢屋君。」と、惑わされる事無く鴻は「ははっ」と明朗な笑いを零した。
その姿に、私は泣き叫びたくなる衝動と懐旧の情を掻き立てられた。
何故だかは分からなかった。
雷蔵たちに感じた懐かしさとは別の、もっともっと心臓の奥の奥の最も奥の方がぎゅぅぅぅぅぅと、まるで何かを絞り掴まれたようだった。その絞られたモノが尊さとか切なさとか愛おしさとかの抽象的な成分である事を今更ながらに知る。

雷蔵と鴻は、雷蔵が所属する図書委員会で知り合ったようで、よく読書に来る鴻と雷蔵が話すようになったのがキッカケだと聞く。兵助と勘右衛門とは中学が同じだったようで、後に3人の仲が良い事を知った。
そんなこんなで、不思議な懐かしさが引き寄せたかのようにツルむようになった6人。

けれど私の中に鴻への、友情とは別の、燻る言い表し難い感情を抱き始めていた。

「急に寒くなったよなぁ。俺、既に手が冷えた。」
そう言って鴻は手をグッパーグッパーと開閉する。温める為にだろう。
「私で暖をとるか?」
何食わぬ顔で私は鴻の片手を取る。きゅっとその手を握れば、鴻がぱちぱちと瞬きをした。
側に居た女生徒達が「きゃぁっ、鉢屋君と近江君、可愛い〜」などと色めき囁きながら通過して行く。
「おい、いい歳した男子学生が手を繋ぐとか、可笑しくねぇか!?」
八左ヱ門が突っ込みを入れる。
「あっ、じゃぁ俺はこっちの手を温める。」
と、兵助がマイペースに鴻の空いている手を握る。
「…良いなぁ。」
ぽつりとそう呟く雷蔵を私は手招く。
「雷蔵は、こっち。」
空いている方を差し伸べると「何だか幼稚園児みたいだね、僕たち」と、くすくすと笑って私の手を掬う。
「じゃぁ、俺は兵助側かな?」
続いて勘右衛門と兵助が手を繋ぐ。
「完璧に可笑しいだろ!!」
目の前で平然と進む手繋ぎの輪を指差して八が吠える。



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