02




そんな事をぼんやりと考えていた私は、無意識のうちに鴻の頬へと腕を伸ばしていた。
私をじっと見上げていた鴻は、ぱちぱちと瞳を瞬かせる。

するり、と鴻の頬を撫でる。
ふわり、と消毒の匂いに包まれた。

「もう、こんな無茶はしないでくれ。君を心配する人間が居るという事を忘れるな。」
頬に添えた手をそのまま後頭部へとまわす。
ぐっと少し力を入れれば、そのまま鴻が胸中へと誘われた。

「肝に銘じておきます。ですが利吉さん、」
そこで一旦言葉を区切ると、大人しく胸中に納まったはずの鴻が、ゆるりと私の腕の下に己の腕を差し込み、そのまま背にまわす。
「不遜な態度である事を承知で申し上げる非礼をお許し下さい。」
そう前置きをすると、肩甲骨辺りを指の腹でクッと少しの力を込めて押してきた。
「―っ。」
思わず息を呑む。
するとすぐに力は抜かれ、今度は優しくひと撫でられた。

「先程のお言葉、そのまま利吉さんにお返し致します。」
訝しんで鴻の顔を覗けば、にこりと微笑む瞳とぶつかった。
「気付いていたのか?」
決まり悪そうにそう尋ねると「曲がりなりにも保健委員ですから。腕を動かす時、微かに庇っていらっしゃるようにお見受け致しましたので。」と、さらりと言って退けられた。

「…侮れないな。」
そうぼやくように呟いたものの、気付かれた喜びが微かにあるのも事実だった。

己の意思で引き受けた忍務、自身の過失による怪我、だから痛いなどと誰かに弱音を吐く気など毛頭ないが、どうしても鴻には…鴻だけには寄る辺を求めてしまうようだ。
(まだまだ甘いな、私も。)
だけどそれを認めたくない自分も居て、私は由ない小言を用意しないと君に会いに行く事すら出来ないでいる。
我ながら子供染みているとは思うものの、上手くいかないものだ。

「私も、肝に銘じておこう。」
観念したように笑うと、鴻も目元を綻ばせ、こくん、と一つ頷いてくれた。
「…だから、もう少しだけこのままでいさせてくれないか?」
そう言って再び鴻を抱き寄せる。

その真綿に包まれたような笑みを向けられたら、縋るに似た気持ちを覚えてしまうというものだろう?
不思議と、鴻と居ると救われるような気持ちになるのはどうしてだろう。

この感情は何の類のものなのか、私自身解り兼ねてはいるのだが、きっと次回もどうでもいい理由をつけて鴻に会いに来てしまうのだろうと、己の心情に呆れて苦笑を呑み込む。



由ない

(―――用事のついでだなんて、嘘だ。本当は君に会いに来るという事以外、理由なんて無いに等しい。)







■企画参加「なんでもないの」様に提出■
時間軸としては、恋情長編最終話終日後。

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