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蝋燭のにおいがする

ここは長屋の一室。
部屋の主である五年は組の近江鴻は、人数の関係上この部屋を一人で宛がわれていた。
室内は整頓されている上、もともと所持する物が少ない為か少々閑散とした印象だ。
しかし、文机の近くには図書室から借りて来たのであろう書物や、教材道具、そして今まさに近江が読み耽っている本が散乱していた。
時刻は暁八つ頃。
障子戸を少し開け、風通りを良くしていた。
戸の外では、遠くで鍛錬に励む金属音が微かに響くだけで、粗方寝静まったのかジジッと燭台の炎が揺らぐ音だけがする。
その炎と月明かりだけを頼りに本を読んでいた近江が「う〜ん」と唸りながら背伸びをした。

「…もうあんなに月が高い。そろそろ切り上げとくかな。」
集中するあまり夜が深まっていた事に気が付かなかった様子の近江は、ぽつりと誰にともなく苦笑を浮かべる。

―――パタリ、と本を閉じて燭台へと手を伸ばす。
燭台紙がカサリ、と鳴った。

「…どなたです?」
火を消そうと伸ばしていた手を引いて、近江は目線だけを障子戸へ向ける。

「曲者だよ。」
飄々とした声で障子戸から顔を覗かせたのは、タソガレドキ城忍軍組頭・雑渡昆奈門だった。
「…今晩は、雑渡さん。こんな夜更けに如何されたんです?」
どう考えても非常識な時刻での訪問だというのに、近江は自身が腰を下ろしていた座布団から退き、スッと雑渡へと差出し入室を促した。
「今晩は、鴻君。珍しいね、私を招き入れてくれるのかい?」
くつくつと喉で笑う雑渡が、音も無く入室して障子を閉める。

カタッ。

その音から生まれた微かな空気の振動が、燭台の炎を緩慢に揺らした。
「誰かに見つかるのが本意では無かっただけですよ。皆を驚かせたくはないので。」
雑渡が腰を下ろすのを見届けながら近江が答える。
「おやおや、聞き様によっては私を匿ってくれる、甘い文句に聞こえるんだけどなぁ。」
目元を綻ばせ、にやり、と雑渡の口角が上ったのを包帯と口布の上からでも窺い見れた。

「…お好きに、どうぞ。」
近江はふっ、と呆れたような苦笑を浮かべた。

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