01



喩えるなら口付けできそうな距離
「本当に淡い緑色が混ざってるんだね。」
俺は覗き込む瞳をそのままに呟く。
「まぁな。でも、そこまで近づかなきゃあんま分からないだろ?」
鼻と鼻がくっつきそうな距離に疑問を持たず、平然と答えるこいつ、近江鴻は本当につわものだと思う。
人は入られると違和感を覚える距離というものがある。
だから心なしか身構えてもおかしくないのだけど、鴻は全く変わらない様子だ。

「勘は、淡い黒だな。兵助は漆黒だけど、勘のは柔らかい黒だといつも思っていたんだ。」
そうにっこりと微笑む姿を見て、覗き込んでいた俺が恥ずかしくなった。

普段、五年の中での俺と鴻の立ち位置は似ている。
場を盛り上げる八左ヱ門とちょっかいを出す鉢屋。
それを宥める雷蔵と、手厳しい切り返しをする兵助。
そのやり取りを見ている俺と鴻。
つまりは、こいつの視界にはあいつらがよく映るのに、同じ目線でいる俺とは横に並ぶだけで、俺自身は鴻の視野に入りにくいと気が付いてしまった。
それに気が付いたら、何だか妙な淋しさに似た独占欲が湧いた。
けれど今更立ち位置を変えるなんて器用な事出来ないし、正直この均衡は心地が良かった。
だから俺は、たまたま鴻の部屋で二人きりになった事を良い事に、普段凝視する事の無い鴻の瞳を、ここぞとばかりに見つめた。

その瞳は澄んで凛としていた。
まっすぐに俺を捕らえ返す瞳の色に、ふらふらと吸い込まれる思いがした。
仄かに漂わせる鴻の色香に、俺はあっけなくあてられる。
普段じっと見つめる事なんてなかったから、こんなにも虜にされるものなんだと今更ながらに気が付いた。

どこか夢遊病の様に鴻の両頬に手を添えて顔を近づければ、きょとんとした瞳が俺を見つめ返す。
自分の取ってしまった行動にはたとして咄嗟に混在する色の感想を言えば、至極平常な返答が返ってきた。俺の心臓はバクバクだってのに。
しかし、更に止めを刺す様な鴻の言葉と笑みに、俺は頬に熱が集まるのを自覚するはめとなった。

「あれ?勘、どうした?」
悟られまいと俯いた俺と鴻の鼻先が触れ合う。
「…お前ね、それ、わざとなの?」
恨めし気にねめつけると「何が?」と心底分からないという顔の鴻が視界いっぱいに入った。




喩えるなら口付けできそうな距離

(―――ちゃんと、こいつは俺の事も見てくれているんだ。)





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