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こうさせているのは貴方なんだと、いい加減気付いた方がいい

「鴻先輩。」
そろりと背後から近づいて抱きつけば「来たな、綾。」と、鴻先輩は気付いていたぞとでも言うように笑った。

此処は五年の長屋。更に言えば鴻先輩の自室である。
鴻先輩は人数の関係上現在は一人部屋だ。
元が二人部屋用なので、自身の持ち物が少ない先輩には広く感じる部屋だった。
「相変わらず物が少ないのですね。」
授業道具や図書室から借りた本の類、文机と座布団が数枚あるくらいで、こざっぱりとした内装を見回して言う。
先輩の事だから衣服の類は、押入れの籠棚にきちんと整理して入れられていることだろう。

「綾、お前は相変わらず勝手に侵入してくるんだな。」
此処でやっと文机に本を広げ読んでいた鴻先輩が、首だけを私の方に向けた。
先輩の肩口に顎を乗せていたので近距離で瞳がぶつかる。
私がほんの少し顎を突き出せば、鴻先輩の頬に口付け出来る距離だ。

先輩に咎める様子は微塵もなく、肩口にある私の顔に手を伸ばして前髪を軽く梳いた。
「ちゃんと“失礼します”って言っていますよ。心の中で。」
そう、しれっと答えれば「お前らしいね。」と、可笑しそうにくつりと喉を鳴らした。
「こうも頻繁に此処に来て、けれど何をするでもなく、綾は楽しいのか?」
ちょいちょいと私の前髪を遊ばせながら鴻先輩が問う。
「えぇ、とても楽しいですよ。此処でお一人でいらっしゃる時は誰にも邪魔されませんしね。」
そう言って抱きしめる腕に、力を一層込める。
「貴方をひとり占め出来ますから。」
ぽつりと付け足して肩口に額を押し付けると、その頭をぽんぽんと撫でてくれた。



こうさせているのは貴方なんだと、いい加減気付いた方がいい


(―――鴻先輩の、馬鹿。)






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